豪炎寺修也との出会い
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「あ、おっはよー!豪炎寺!」
教室に入ったとたん、美波に声をかけられた。昨日の今日だ。話しかけてはこないだろうと思っていたが、当てが外れた。
「……おはよう」
返さないのもおかしいので一応そう返すと、美波は勢いよく頭を下げた。
「昨日はごめんなさい!」
「は……?」
「豪炎寺とは会って初日で何も知らないくせに、勝手に自分の意見とか言ってごめん!」
「いや」
「もしあたしだったら、あたしのことで守兄がサッカー辞めたらって考えたら、そんなの嫌だ!って思っちゃって」
「……そうか」
「じゃあ!」
「おい……」
止めるのも聞かずに教室を飛び出していった。台風みたいなやつだ。
……確か隣のクラスだったな。もうすぐチャイムも鳴る。なのに、わざわざ謝りに来たのか。律儀な奴だ。
俺が転入して数日たった。
毎日飽きもせずに一方的に話しかけてくる美波曰く、サッカー部は毎日部への勧誘や練習をしているらしい。
そして、
「豪炎寺!今日の給食はカレーだよ!」
「豪炎寺!今日の体育の授業ハンドボールだって!」
「豪炎寺って数学得意?」
「豪炎寺ー!あのね!」
……気のせいだとは思いたいが、やたらと話しかけられてる気がする。極力サッカーの話題を出さないのは、美波なりの気遣いか。
そして円堂に凄い目で睨まれているような気がする。あと幼馴染だとか言う奴に、
「美波をたぶらかさないでくれないか」
と言われた。……一体いつ俺がたぶらかしたのだというのだろうか。とんだとばっちりを受けたものだ。
だが不思議と嫌な気分にはならなかった。
そして、練習試合当日。
「ね、豪炎寺!帝国との練習試合見に来ない?」
放課後、わざわざやってきた美波にそう言われた。
「……断る」
「何で?」
「興味がない」
「そっか」
「それに、俺が見に行ったところでどうにもならないだろ」
「まあ、正直そうなんだけどね」
「……」
「あたし達、今日の練習試合まで頑張って練習してきたんだ。だからその成果を見て欲しいなって」
「……そうか」
「豪炎寺が見に来てくれたらもっと頑張れると思うんだ。あっ、もちろん無理は言わないよ。気が向いたらでいいからさ」
「……気が向いたら行く」
「やった!」
「美波ー!そろそろ行くぞ!」
「じゃあ行ってくるね!」
走り去る背中を見送った後、窓からグラウンドを見下ろした。
普段野球部やラグビー部が使っているグラウンドは、今日の為にサッカーコートとして整備されている。
「……」
俺は、木にもたれかかるようにして、グラウンドを見ていた。
グラウンドでは、今まさに帝国との練習試合が始まろうとしている。
結局、流されるように見に来てしまった。……正直、何故自分がここに居るのか、自分でも分からない。
理由を考えるたびに美波の顔が頭に浮かぶ。その顔が夕香と重なる。
美波が何故ここまで俺に関わろうとするのかも、分からなかった。
その時、ホイッスルが鳴る音が聞こえた。目を向ければ、飛び込んできたのは0ー10という文字。
いつの間に試合は始まっていたのだろう。既に雷門は立っているのがやっとの状態になっている。
「(帝国の狙いは俺だ……)」
弱小サッカー部にあの帝国学園が練習試合を申し込む理由なんて、それくらいしか考えつかない。
確かに俺は木戸川清修のエースだった。恐らく、今の俺の実力を測るつもりなんだろう。……サッカーはやめたというのに。
「(帝国は……)」
俺が出てくるまで、暴力的なプレーを続ける気か。
けれど、俺は出るつもりはない。……このまま続けば、円堂たちはどうなるだろうか。
そうこうしているうちにハーフタイムが終わり、後半が始まろうとしている。雷門は疲労困憊なのに対し、帝国は余裕綽々だ。
それを眺めていた時、フィールドに立っているある選手を見て、俺は驚いた。美波がいた。
公式試合ではないから、確かに女子でも出られる。だが、帝国相手に無謀すぎる……!
美波は俺が見に来ているのに気づいていたようで、こちらを見ていた。
何かを訴えかけているように見えたが、生憎何を言いたかったのかはわからなかった。
後半が始まった。開始早々ボールを奪われ、また暴力的なプレーが始まる。そんな中、
「雷門を……ナメるなあッ!」
水飛沫が、散った。
帝国の11番が怯む。その隙に、美波がスライディングでボールを奪った。
「……あれは」
まだ未完成だが、確かに必殺技だった。あいつ、そこまでの……。
完全に油断していた帝国の一瞬の隙を突いて、パスも出さずに上がって行く。そのまま美波は、シュートを放った。
しかし帝国のキーパーは慌てずに、難なくセーブしてみせる。
「くっそー!」
悔しげに自陣へ戻る美波に、円堂たちが賞賛の声をかける。明らかに雰囲気が良くなった。
反面、帝国イレブンは信じられないと言わんばかりに、美波を凝視していた。
あの帝国相手にあそこまでのプレイを見せた。素直に凄いと思う。……だが、今までの余裕そうな笑みは一変していた。
特にボールを奪われた11番は、忌々しげに美波を睨み付けている。
案の定、試合が再び動き出したかと思えば、容赦なく美波へボールが叩き込まれた。
点差もどんどん開いていく。
それでも円堂も美波も、諦めようとしない。それどころか、
「まだまだ、終わってねーぞ!」
「そうだ……まだ試合は終わっていない!」
こんなに点差が開いているのに、まだ勝つことを信じている。……俺は。
「……」
グラウンドから逃げ出した奴が脱ぎ捨てたユニフォームが、俺の前に落ちる。
エースナンバーの、背番号10。かつて、背負っていた番号。
「夕香……今回だけお兄ちゃんを、許してはくれないか?」
俺はユニフォームに手を伸ばした。
あいつらとサッカーをしてみたいと、そう思ってしまったから。
ユニフォームを着てフィールドに入れば、円堂からは遅すぎると言われ、美波からは背中を何度も叩かれた。
「……おい」
「あ、ごめん。なんか嬉しくてさ!」
そんなに嬉しいものなのだろうかと思ったが、それ以上に、傷だらけの腕や足が気になった。
「傷は大丈夫か」
「あー……平気だよ!」
「……」
「あいてっ」
血の滲む腕に軽く触れると、美波は顔をしかめた。
「下がった方がいいんじゃないか」
「せっかく豪炎寺が来てくれたのに、下がるなんてもったいないよ!」
「もったいないって」
「だって豪炎寺みたいな凄い奴と一緒にプレイできるんだよ!?出ない理由なんかないじゃん!」
「……そうか」
「ね、守兄も一郎太もいいでしょ?」
「俺は下がった方がいいと思う。また狙われるかもしれないんだぞ」
「風丸の言う通りだ」
「その時は頑張って避ける」
「無理はしない!」と頑として下がる気のない美波に、円堂と……風丸?も折れた。
途中冬海という顧問らしき先生がやって来たが、俺はこの試合に出られるようだ。……試合自体、俺が目的だからな。
「よーし、絶対に勝つぞ!」
「……ああ、そうだな」
そう美波に言われて、20点もの点差が無いように思えた。
「ゴッドハンド!」
光り輝く大きな手が、帝国のデスゾーンを受け止めた。
円堂なら止める。根拠のない自信が俺の中にあって前線と走った俺は、自然と顔が綻んだ。本当に、大した奴だ。
「行け!豪炎寺!」
ボールが投げられるが、俺に届く前にカットされかける。
ダメなのか、と思ったその時、ハチマキを靡かせながら美波が飛び込んできた。
「豪炎寺!」
右足が捉えたボールは、そのまま俺に向かってダイレクトパスされる。
「ナイスパスだ!」
「へへっ」
円堂が止めて、美波が繋いだこのボール。必ず決めてみせる!
「ファイアトルネード!」
あの日以来使っていなかった、俺の必殺技。威力は衰えるどころか、増しているように見えた。
ピーッ
試合は帝国学園の試合放棄により、雷門の勝ちとなった。点数をひっくり返すことは出来なかったが、それでも円堂たちは喜んでいる。
「豪炎寺のおかげだよ!ありがとう!」
そう言った美波の笑顔が、夕香と重なった。……後で、夕香の見舞いに行こう。
「あ、着替えるなら部室使いなよ」
「あ、ああ……」
とりあえず、返そうとグラウンドでユニフォームを脱ぎかけたのを止めてくれたのには感謝しておく。
……ベンチで頭に眼鏡を乗せている1年がカメラを構えていて、恐ろしくなった。
「あっ、そうだった。守兄!ちょっと行ってくるね!」
「あ、おい!」
回りの制止を聞かずに美波が向かったのは、今まさに装甲車に乗り込もうとしている帝国イレブンの所だった。
帝国の眼帯をしているあの11番のフォワードと、何やら話している。円堂と風丸が睨んでいるのが目に入ってきて、思わず目を反らした。
再び美波の方を見れば、先程の酷い試合が無かったかのような笑顔を向けていた。
……自分を痛めつけてきた相手に、よく笑って話しかけられるものだな。
「……」
何故か胸が痛んだような気がした。
ユニフォームの上から、ペンダントを握りしめる。
「(美波に関することは、分からないことだらけだ)」
いつか、分かる日が来るのだろうか。
→あとがき
教室に入ったとたん、美波に声をかけられた。昨日の今日だ。話しかけてはこないだろうと思っていたが、当てが外れた。
「……おはよう」
返さないのもおかしいので一応そう返すと、美波は勢いよく頭を下げた。
「昨日はごめんなさい!」
「は……?」
「豪炎寺とは会って初日で何も知らないくせに、勝手に自分の意見とか言ってごめん!」
「いや」
「もしあたしだったら、あたしのことで守兄がサッカー辞めたらって考えたら、そんなの嫌だ!って思っちゃって」
「……そうか」
「じゃあ!」
「おい……」
止めるのも聞かずに教室を飛び出していった。台風みたいなやつだ。
……確か隣のクラスだったな。もうすぐチャイムも鳴る。なのに、わざわざ謝りに来たのか。律儀な奴だ。
俺が転入して数日たった。
毎日飽きもせずに一方的に話しかけてくる美波曰く、サッカー部は毎日部への勧誘や練習をしているらしい。
そして、
「豪炎寺!今日の給食はカレーだよ!」
「豪炎寺!今日の体育の授業ハンドボールだって!」
「豪炎寺って数学得意?」
「豪炎寺ー!あのね!」
……気のせいだとは思いたいが、やたらと話しかけられてる気がする。極力サッカーの話題を出さないのは、美波なりの気遣いか。
そして円堂に凄い目で睨まれているような気がする。あと幼馴染だとか言う奴に、
「美波をたぶらかさないでくれないか」
と言われた。……一体いつ俺がたぶらかしたのだというのだろうか。とんだとばっちりを受けたものだ。
だが不思議と嫌な気分にはならなかった。
そして、練習試合当日。
「ね、豪炎寺!帝国との練習試合見に来ない?」
放課後、わざわざやってきた美波にそう言われた。
「……断る」
「何で?」
「興味がない」
「そっか」
「それに、俺が見に行ったところでどうにもならないだろ」
「まあ、正直そうなんだけどね」
「……」
「あたし達、今日の練習試合まで頑張って練習してきたんだ。だからその成果を見て欲しいなって」
「……そうか」
「豪炎寺が見に来てくれたらもっと頑張れると思うんだ。あっ、もちろん無理は言わないよ。気が向いたらでいいからさ」
「……気が向いたら行く」
「やった!」
「美波ー!そろそろ行くぞ!」
「じゃあ行ってくるね!」
走り去る背中を見送った後、窓からグラウンドを見下ろした。
普段野球部やラグビー部が使っているグラウンドは、今日の為にサッカーコートとして整備されている。
「……」
俺は、木にもたれかかるようにして、グラウンドを見ていた。
グラウンドでは、今まさに帝国との練習試合が始まろうとしている。
結局、流されるように見に来てしまった。……正直、何故自分がここに居るのか、自分でも分からない。
理由を考えるたびに美波の顔が頭に浮かぶ。その顔が夕香と重なる。
美波が何故ここまで俺に関わろうとするのかも、分からなかった。
その時、ホイッスルが鳴る音が聞こえた。目を向ければ、飛び込んできたのは0ー10という文字。
いつの間に試合は始まっていたのだろう。既に雷門は立っているのがやっとの状態になっている。
「(帝国の狙いは俺だ……)」
弱小サッカー部にあの帝国学園が練習試合を申し込む理由なんて、それくらいしか考えつかない。
確かに俺は木戸川清修のエースだった。恐らく、今の俺の実力を測るつもりなんだろう。……サッカーはやめたというのに。
「(帝国は……)」
俺が出てくるまで、暴力的なプレーを続ける気か。
けれど、俺は出るつもりはない。……このまま続けば、円堂たちはどうなるだろうか。
そうこうしているうちにハーフタイムが終わり、後半が始まろうとしている。雷門は疲労困憊なのに対し、帝国は余裕綽々だ。
それを眺めていた時、フィールドに立っているある選手を見て、俺は驚いた。美波がいた。
公式試合ではないから、確かに女子でも出られる。だが、帝国相手に無謀すぎる……!
美波は俺が見に来ているのに気づいていたようで、こちらを見ていた。
何かを訴えかけているように見えたが、生憎何を言いたかったのかはわからなかった。
後半が始まった。開始早々ボールを奪われ、また暴力的なプレーが始まる。そんな中、
「雷門を……ナメるなあッ!」
水飛沫が、散った。
帝国の11番が怯む。その隙に、美波がスライディングでボールを奪った。
「……あれは」
まだ未完成だが、確かに必殺技だった。あいつ、そこまでの……。
完全に油断していた帝国の一瞬の隙を突いて、パスも出さずに上がって行く。そのまま美波は、シュートを放った。
しかし帝国のキーパーは慌てずに、難なくセーブしてみせる。
「くっそー!」
悔しげに自陣へ戻る美波に、円堂たちが賞賛の声をかける。明らかに雰囲気が良くなった。
反面、帝国イレブンは信じられないと言わんばかりに、美波を凝視していた。
あの帝国相手にあそこまでのプレイを見せた。素直に凄いと思う。……だが、今までの余裕そうな笑みは一変していた。
特にボールを奪われた11番は、忌々しげに美波を睨み付けている。
案の定、試合が再び動き出したかと思えば、容赦なく美波へボールが叩き込まれた。
点差もどんどん開いていく。
それでも円堂も美波も、諦めようとしない。それどころか、
「まだまだ、終わってねーぞ!」
「そうだ……まだ試合は終わっていない!」
こんなに点差が開いているのに、まだ勝つことを信じている。……俺は。
「……」
グラウンドから逃げ出した奴が脱ぎ捨てたユニフォームが、俺の前に落ちる。
エースナンバーの、背番号10。かつて、背負っていた番号。
「夕香……今回だけお兄ちゃんを、許してはくれないか?」
俺はユニフォームに手を伸ばした。
あいつらとサッカーをしてみたいと、そう思ってしまったから。
ユニフォームを着てフィールドに入れば、円堂からは遅すぎると言われ、美波からは背中を何度も叩かれた。
「……おい」
「あ、ごめん。なんか嬉しくてさ!」
そんなに嬉しいものなのだろうかと思ったが、それ以上に、傷だらけの腕や足が気になった。
「傷は大丈夫か」
「あー……平気だよ!」
「……」
「あいてっ」
血の滲む腕に軽く触れると、美波は顔をしかめた。
「下がった方がいいんじゃないか」
「せっかく豪炎寺が来てくれたのに、下がるなんてもったいないよ!」
「もったいないって」
「だって豪炎寺みたいな凄い奴と一緒にプレイできるんだよ!?出ない理由なんかないじゃん!」
「……そうか」
「ね、守兄も一郎太もいいでしょ?」
「俺は下がった方がいいと思う。また狙われるかもしれないんだぞ」
「風丸の言う通りだ」
「その時は頑張って避ける」
「無理はしない!」と頑として下がる気のない美波に、円堂と……風丸?も折れた。
途中冬海という顧問らしき先生がやって来たが、俺はこの試合に出られるようだ。……試合自体、俺が目的だからな。
「よーし、絶対に勝つぞ!」
「……ああ、そうだな」
そう美波に言われて、20点もの点差が無いように思えた。
「ゴッドハンド!」
光り輝く大きな手が、帝国のデスゾーンを受け止めた。
円堂なら止める。根拠のない自信が俺の中にあって前線と走った俺は、自然と顔が綻んだ。本当に、大した奴だ。
「行け!豪炎寺!」
ボールが投げられるが、俺に届く前にカットされかける。
ダメなのか、と思ったその時、ハチマキを靡かせながら美波が飛び込んできた。
「豪炎寺!」
右足が捉えたボールは、そのまま俺に向かってダイレクトパスされる。
「ナイスパスだ!」
「へへっ」
円堂が止めて、美波が繋いだこのボール。必ず決めてみせる!
「ファイアトルネード!」
あの日以来使っていなかった、俺の必殺技。威力は衰えるどころか、増しているように見えた。
ピーッ
試合は帝国学園の試合放棄により、雷門の勝ちとなった。点数をひっくり返すことは出来なかったが、それでも円堂たちは喜んでいる。
「豪炎寺のおかげだよ!ありがとう!」
そう言った美波の笑顔が、夕香と重なった。……後で、夕香の見舞いに行こう。
「あ、着替えるなら部室使いなよ」
「あ、ああ……」
とりあえず、返そうとグラウンドでユニフォームを脱ぎかけたのを止めてくれたのには感謝しておく。
……ベンチで頭に眼鏡を乗せている1年がカメラを構えていて、恐ろしくなった。
「あっ、そうだった。守兄!ちょっと行ってくるね!」
「あ、おい!」
回りの制止を聞かずに美波が向かったのは、今まさに装甲車に乗り込もうとしている帝国イレブンの所だった。
帝国の眼帯をしているあの11番のフォワードと、何やら話している。円堂と風丸が睨んでいるのが目に入ってきて、思わず目を反らした。
再び美波の方を見れば、先程の酷い試合が無かったかのような笑顔を向けていた。
……自分を痛めつけてきた相手に、よく笑って話しかけられるものだな。
「……」
何故か胸が痛んだような気がした。
ユニフォームの上から、ペンダントを握りしめる。
「(美波に関することは、分からないことだらけだ)」
いつか、分かる日が来るのだろうか。
→あとがき
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