再開早々、鬼道と虎丸がパーフェクトゾーンプレスに囲まれた。けれど鬼道は慌てない。


「ここは泥のフィールドだ……。さあ、奪ってみろ！」


鬼道がボールを蹴り上げた。反応した晴矢より先にいち早く跳んだ一郎太が受けると、足がつく前にそのまま繋げる。それをあたしがオーバーラップして落ちる前にリュウジへパスした。

パーフェクトゾーンプレスが有効なのは地上だけ。なら、ボールが地面につかないように回せばいい。泥のフィールドでの練習は、その為のだ！

目金によってルートオブスカイと名付けられた新しい必殺タクティクス。ドリブルなしでの素早いパス回しは効果覿面で、パーフェクトゾーンプレスを使う暇を与えずに前線まで繋がった。


「行けヒロト！」

「よし！流星ブレードッ！！」

「大爆発張り手！！」


流星はそれ以上の爆発に呑み込まれた。タクティクスを破ったところで、流れを掴ませてくれる程ファイアードラゴンは甘くない。

キーパーが投げたボールがイナズマジャパンサイドまで返ってくる。その前に戻ってきていた虎丸がカットして、相手陣内へ切り込んだ。

奪っては奪い返して、ゴール前に豪炎寺と虎丸が揃う。これは二人の秘密兵器、タイガーストームのチャンス！

強く踏み込んだ虎丸がボールを高く蹴り上げて、追うように跳躍した豪炎寺の背後に魔神が現れる。繰り出された炎のシュートは……ゴールから大きく逸れた。

練習でも未完成のままだったとはいえ、タイミングのズレは練習の時以上だった。客席へ目を向ける豪炎寺は、誰かを探してるように見える。


「豪炎寺、誰か見つけたの？」

「いや……俺の気のせいだ」

「そっか。……あのさ」

「どうした」

「が、頑張ろうね！」


そうだな。無理矢理捻り出した当たり障りのない言葉に返ってきたのは、ぎこちない笑顔だった。……気のきいたことが言えたらよかったのに。守兄だったら、もっと違うこと言えたかな。

客席を見てみても何もわからない。……豪炎寺のお父さん、見に来てるのかな。もし来てるなら、豪炎寺のプレーを見て考え直してくれないかな。この試合が最後なんて、やっぱりあたしは嫌だから。


「ならく落とし！」

「土方！鬼道！」


チャンスウに吹き飛ばされた土方と鬼道が激突した。足を押さえる土方に、交代の指示が出る。

タクティクス対策をすれば、今度は個人プレーに切り替える。ビッグウェイブスの時と同じだ。しかも能力はあの時以上。……前半で三人も交代になるなんて。

それでも鬼道は冷静だ。気にするなと声をかけて、集まってきた皆に戻るよう促す。……待った。歩き方が少しだけ不自然なような。もしかして、さっき。


「鬼道」

「どうした。ポジションにつけ」

「足……膝？」

「……」

「庇ってない？本当に大丈夫？」

「今俺まで抜ける訳にはいかない」


遠回しな答えに鬼道の怪我を確信する。確かにここで交代すれば、鬼道は後半丸々出られない。司令塔がいなくなるのは避けたい。……けど。


「前半は残り少ない。集中するんだ」

「無理しないでね」

「ああ」

「キャプテンの指示だからね！」

「……フ、善処する」


皆を見つつポジションに戻る。あれだけのプレッシャーをかけられたんだ。他に調子を崩してる人がいてもおかしくない。

ふくらはぎに触れているリュウジが視界に入った。苦々しげに足を見下ろすリュウジに、ひんやりとしたものが落ちてくる。これは、まずいんじゃ。


「ザ・ウォール！」

「まぼろしドリブル！」

「地走り火炎！」


一閃した炎がボールを掠め取った。ファイアードラゴンのオフェンスが一気に上がってくる。後半に繋げる為にも、ここで追加点をやる訳にはいかない！


「通さない！」

「おや。先程はお見事でしたね、円堂美波さん」

「……何が言いたいの」

「そう構えないでください。心からの賞賛です。ですが……」

「っ！」

「一人で勝つ必要はない、でしたね」


チャンスウのバックパス先には風介だ。一人で勝つ必要はない。……その通りだよ！


「ヒロト！」


すかさずフォローに入ったヒロトがパスをカットする。なのに、風介が笑った気がした。


「貰った！」

「晴矢……！」


ヒロトが前線へと上げる前に、晴矢が割って入ってきた。風介は囮で本命はこっちだ……！一人より二人、二人でダメなら三人がかりで……！

ボールを持ったアフロディがシュート体勢に入る。羽を広げて舞い上がるアフロディ。またゴッドノウズ？いや、違う。あれは！


「進化しているのは君たちだけじゃない！ゴッドブレイク！はああああ！」


振り下ろされた光輝くシュートが、無数の腕を打ち砕いた。ゴッドノウズをはるかに上回るパワー……ゴッドブレイク。

ファイアードラゴンに逆転を許して、前半終了を告げるホイッスルが鳴った。


「後半も楽しもうじゃないか」

「世界大会に行くのは俺達だぜ」

「っ……」

「いいや、世界に行くのはあたし達だ！」


ヒロトとリュウジを挑発して戻ろうとする背中にそう宣言すれば、晴矢と風介は愉快そうに笑う。一枚しかない世界への切符。そう簡単に譲ってなるものか。


「奴ら、余裕だな」

「あたし達なら大丈夫！後半取り返してこう！ね、ヒロト」

「……うん、そうだね。二人には絶対に負けない」


久遠監督が後半の指示を出す。まずリュウジと鬼道が下がることになった。リュウジは足に無理が来ていて、隠していた鬼道の怪我を監督は見逃さない。

代わりに指名されたのはなんと明王ちゃんだった。ここにきて投入するなんて。ていうか本人も虚を突かれたって感じで。まさか、決勝戦まで温存してたってこと？

誰も彼もが驚いてる。もちろんあたしもだ。進み出た明王ちゃんを横目に待ったをかける鬼道に、監督は明王ちゃんをジョーカーだと言った。

これまでの試合に出てない明王ちゃんのプレーを韓国は知らない。文字通り切り札――ジョーカーなんだ。これで流れを取り戻せれば……！


「監督、あと一人は」

「いや、このまま十人でいく」

『！』


ということは交代は一人だけ。明王ちゃんはリュウジと交代だから、鬼道を残すということだ。勝つ為には、鬼道と明王ちゃんが必要なんだと。

監督の意図に気づいたらしい鬼道が苦々しげに口元を歪めた。鬼道はもちろん、皆が明王ちゃんを信じられてない。この空気で連携なんて出来るのかな……。

守兄が立向居と飛鷹に声をかけた。あ、そうだ！あたしも！


「士郎くん！」


ベンチではなく直接芝に腰を下ろす士郎くんは、あたしを安心させるように微笑んだ。


「大丈夫……じゃないよね。ごめん、あたしが判断ミスしたから」

「あれは僕も前のめりになりすぎてたから、僕のミスでもあるよ。ね、綱海くん」

「そうそう！ついカッとなっちまってよお、してやられたぜ。だから美波だけのせいじゃねえよ」

「気遣ってくれてありがとう、美波ちゃん」

「……そんなことないよ」

「最後までここで見てるから、僕達の分まで頑張って」

「後半取り返してみせる。絶対、一緒に世界へ行こうね」

「おう！」

「……うん、そうだね」


ハーフタイムももう終わりだ。馴染む気のない明王ちゃんに、不安と不信感を隠さない皆。不穏な空気のチームを纏めないと。


「円堂」

「っはい！」

「お前がジョーカーを活かせ」

「え」

「いいな」

「は、はい！」


それだけ言って監督はベンチに戻っていった。活かせって言ったって、どう動けばいいんだ。あたしより明王ちゃんの方が頭いいのに。

……考えるのを止めたらダメだ。相手はチェ・チャンスウなんだから。たとえデータが無くても、試合の中で集めて修正をかけてくるに違いない。

ただでさえ一人足りない状態。キャプテンもいない。不安要素もある。それでも、あたし達は勝つ。世界へ行く為に。



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