第8話 炎との別れ

やってしまった。ついてきてしまった。そんな訳であたしことかなは、円堂と豪炎寺が話しているのを、奈良シカ像の残骸の陰から見ていた。

断じてストーカーというものではない、と言い張りたい。あー、円堂も豪炎寺も辛そうな顔をしてる。うわ、シリアスだシリアス。



「(……何であたしここにいるんだろ)」



特に理由も無しについてきてしまったっていうか、気づいたらついて来ちゃったというか。

りなではないけど、なんとなくだ。なんとなく思考(あたし命名)が移ってしまったか。いや、責任転嫁はやめとこう。

豪炎寺が背を向けた。円堂はその背中に向かって声をかけると、みんながいる方へ戻っていく。

……あたしも戻ろう。ちょっとだけ時間を空けて……。



「かな」

「うひい!」



急に耳元で聞こえた声に、変な声が出た。振り向くとそこには豪炎寺。近い!出、出た~~!じゃなくて!何で戻ってきてるんだ!

しかも笑ってるし!そっぽ向いて誤魔化そうとしてるけど、全然噛み殺せてないからな!?震えててバレバレだからね!



「何バイブレーションしてんの!」

「くっ……」

「だから笑うなあ!」



ぶわっと立った鳥肌を誤魔化すように、ぽかすかしても効果は今一つのようだ。くそう、生まれ持った妹属性が問題なのか。

暫くそうしていたが、我に返ったのか深く息を吸った豪炎寺は、「何しに来たんだ」と突き放すように言ってきた。

しかしさっきまで笑っていたし、今も口角が微妙に上がっている。シリアスが家出どころか死んでいる。瀕死を通り越してる。

シリアスが死んだ!人でなし!嘘ですごめん。あたしのせいだね!……本当に、何をやっているんだか。



「大丈夫だよ」

「?」

「あたし、強いから。そう簡単に危害なんて加えられないし、寧ろ返り討ちにするんだから」

「は……」



言葉を詰まらせた豪炎寺は、目を見開いた。おっとお、返しミスったか?



「やっぱり、責めないんだな」

「え?ああ、シュートのこと?責める理由がないし、豪炎寺は悪くないじゃん。人質に取るエイリアの方が絶対悪い」

「! どうしてそれを……」



アッ、言ってしまった。これは完全に自爆した。でももう遅い。りなやゆみには黙っておこう。とにもかくにも、誤魔化さなければ。



「何で知ってるかっていうのは、トップシークレット事項になるから言えないんだけどもね、」



あれ、誤魔化しになってなくね?ガソリンぶちまけてる?ま、いいや。



「あー、えーと、つまり何が言いたいかっていうとね、豪炎寺は何も悪くないって事です!」



投げやりな調子になったから、「試合の時も言ったじゃん!いつまでもうじうじすんな!」と付け加えたら、豪炎寺はまた笑い出した。



「何笑ってんだよ!」

「いや、妙に必死で、な……」

「笑うな!」



本気で殴ったろかちくしょう。喧嘩慣れはしてるから、勝てる自信はあるぞ。……別に喧嘩で勝ちたい訳じゃないけど。

つーか何なんだよ、この会話。いつもの無口はどうした。クールはどこにいった。



「もういい忘れろ!行ってこい!んでまたサッカーやろう!」

「無理矢理終わらせたな」

「うっさい!じゃあね!」



自分のことなのに、自分が何を考えてるのか、よく分からない。ここにいてはいけない。頭の中で、警報が響いている。

踵を返して立ち去ろうとしたら、ジャージの裾を豪炎寺に掴まれた。え、何これ。豪炎寺自身もなんか困惑してるし、何これ!?

分からないことばかりで、頭がパンクしそうだ。でも、考えることを放棄したら、駄目な気がする。

トリップする前は、アニメのキャラクターだと思ってた。当然だ。でも、この世界ではちゃんと生きてる。これも当然。だって彼らの世界だから。

画面越しとじゃ全然違う。生きている彼らは、笑って、泣いて、前に進んでいく。それがただただ眩しく思う。

じゃああたしは、あたしたちは何だ?イレギュラーで、異物で。何なんだ?……ああ、分かった。存在理由が分からなくて、気持ち悪いんだ。



「……どうしたんだ、急に黙って」

「豪炎寺こそ……、……いや、あたしって何なのかなって」

「は、」



呆気に取られた、と言わんばかりの顔だ。くそ。こんなことに悩んでるのも、お前のせいだ。理不尽?知ってる!

ていうか、距離が、近い。不味い、これ以上は駄目だ。嫌だ。怖い。

逃げなければ。



「豪炎寺のばかっ!」



自分でも理不尽だとは思う。けどそれどころじゃなくで、あたしはそう叫ぶと、豪炎寺の手を振り払って走り出した。


りなやゆみが傍にいれば大丈夫だけど、あたしは世に言うイケメンというのに、苦手意識がある。

理由はまた別の話ということで割愛。落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。ほら、豪炎寺はイケメンはイケメンでもシスコンじゃないか。

デカいピンクの熊のぬいぐるみを、これを俺だと思って……とプレゼントするシスコンじゃん。凄いセンスだ。夕香ちゃん可愛いからね、分かるよ。

……あーもー、豪炎寺に悪いこと言っちゃった。せっかくサッカーに向き合えた訳だし、ついでにこれも直したいものたけど。



「(次会った時、どういう顔をすればいいんだ……!)」





→あとがき
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