第2話 転入、練習、そして試合
翌日の学校にて、あたし――花咲ゆみは、誰かの視線を感じた。と言っても、誰からかはとっくに気づいているんだけど。
特に気にしなくていいとは思う。ただ、ちょっと居心地が悪い。気づかれてないつもりなのかな。
「(さて、)」
どうしたものか。
「音無さん」
「わっ!」
昼休みの廊下の角。後ろから肩を叩くと、メガネを頭に乗せた彼女は、体を震わせながら振り向いた。
「ゆみ、先輩」
「どうも花咲ゆみです。何かあたしに御用でも?」
「えっと、」
「流石に休み時間中あんなに見られたら気づくよ」
「……」
言葉を詰まらせて、音無さんは俯いた。ちらちらとこちらを伺っていて、怯えさせてしまっただろうか。しまったな。
「別に取って食おうなんて思ってないから大丈夫だよ」
ひらひらと手を振ってそう言ってのければ、音無さんはふるふると震え、今にも泣き出しそうだった。うん……。
「(ちょっと待て)」
まさか、あたしやらかしたのか。女の子泣かしたのか(まだ泣いてない)。そんなにキツい言い方しただろうか。
女好きの我が妹にバレたら苦言を呈されそうだが、あたしだって泣かせるつもりなんか更々無かった。誰がこんな可愛い子を泣かせるものか。
動揺を表情には出さずとも、冷や汗が背中を流れていったのを感じた。兄貴のゴーグルマント野郎はシスコンだってのに。
「……とりあえず屋上行こうか」
苦し紛れにそう吐いた。
「すみませんでした」
「え……」
誰もいない屋上で、あたしは頭を下げた。ぽかんと固まった後、慌て出した音無さんに思わず笑う。わあ可愛い。
「あ、あの、私っ」
「女の子の泣かせかけるなんて、かなにとってはあるまじきことだからね」
「……」
「あたしとしても、年下は愛で可愛がる対象で……あ、今のはオフレコで」
「……」
「あたし、何かした?」
「ち、違うんです」
「私、ゆみさんたちのこと疑っていて」とのこと。ああ、そういうことね。
「そっか」
「…怒らないんですか?」
「だっていきなりラピ○タの如く空から降ってきた得体の知れない人間だよ?現に音無さん以外にも、微妙な目で見てる奴はいるし」
「…自分で言うんですか」
「事実だし、自分でも何でこうなったのか分かんないしさ」
「……」
黙り込む音無さん。何か考えていたようで、暫く経ってから口を開いた。
「私、情報収集が得意で、ゆみ先輩たちについて調べてみたんです。あんなにサッカーが上手いんだから、何かしら過去にしていたんじゃないかって。
……でも、情報は見つかりませんでした。何一つです。サッカー関連でなくとも、少しくらいあってもいい筈なのに。
昨日、入院している源田さんや佐久間さんにも会いに行ってみたんです。偶然会えたので聞いてみたんですけど、曖昧に濁されてしまって。
確かに、私以外にもゆみ先輩たちを警戒している人はいます。……それでも、キャプテンが受け入れているなら、きっと、」
「それは違うよ」
色々と考えて、悩んでいることはよく分かった。でもね、
「円堂がチームの精神的支柱なのは分かってるけどね、それだけで流される程彼らは子供ではない筈だ」
もっと、理由は別のところにあるのだろう。
遮ったあたしの意図を察したのか、音無さんは、再びたどたどしくも言葉を紡ぎ出す。
「き、どう、ゆうとは、私のお兄ちゃんで、」
「うん」
「お兄ちゃんが、あんなにも簡単に信じちゃって、」
「うん」
「やっと…一緒にいられるようになったばかりで、怖くてっ」
「うん」
「お兄ちゃんと、帝国の人たちとの間に、強い信頼があるのは、分かってるけど、」
「うん。ごめん、もういいよ。我慢もしなくていいから、ね」
いっそのこと、流してしまえばいい。まだ会って日は浅いけれど、あたしでよければ胸を貸そう。
両腕を広げてみれば、音無さんは飛び込んできて、わんわんと泣き出した。
……鬼道と音無さんは孤児だった。音無さんにとって鬼道は支えで、鬼道にとって音無さんを引き取り、もう一度一緒に暮らすことが支えだった。
別々に引き取られて、擦れ違って、やっと再会出来たんだ。それでも、不安はあるだろう。一度なくしたものなのだから。
ましてや、音無さんはつい最近までランドセルを背負っていた訳だし、まだまだ子供なんだ。
あたしも、まだ高校生だけど…。……お兄ちゃん、か。ずっと会えていなかった訳だけど、今、会える距離にいる2人が、羨ましいと思う。
「すみません……」
「いいよ。音無さんは鬼道のことが大好きなんだね」
「…はいっ!勿論です!」
「やっと笑ったね。女の子は笑ってた方がいいよ」
かなが言いそうなセリフだと思いつつ、音無さんの頭を撫でる。
「変な話だけど、音無さんの気持ちはよく分かるよ。あたしももう長いこと兄さんに会えてないから。
会いたくても会えない。……家族への愛情ってのは、時間が経てば経つ程、焦がれ、手放したくなくなるものだよね」
「ゆみ先輩……?」
不思議そうな音無さんに、口を滑らせ過ぎたとほんの少し前の自分を叱咤する。が、何かを感じたのか、音無さんが追及することは無かった。
「あ、私のことは春奈って呼んで下さい!」
パンッと手を打ち鳴らした彼女が言うには、他のマネージャー2人も、よそよそしく名字で呼ばれるより、名前の方がいいと思っているらしい。
「分かった。りなとかなにも伝えておくよ、春奈ちゃん」
「あ、ちゃんはいらないので!」
「そう?じゃあ、春奈ね」
「はい!」
……妹って、こんな感じなのだろうか。かなが男勝りだからなあ。
とにかく、春奈と仲良くなれたようで良かった。
.
特に気にしなくていいとは思う。ただ、ちょっと居心地が悪い。気づかれてないつもりなのかな。
「(さて、)」
どうしたものか。
「音無さん」
「わっ!」
昼休みの廊下の角。後ろから肩を叩くと、メガネを頭に乗せた彼女は、体を震わせながら振り向いた。
「ゆみ、先輩」
「どうも花咲ゆみです。何かあたしに御用でも?」
「えっと、」
「流石に休み時間中あんなに見られたら気づくよ」
「……」
言葉を詰まらせて、音無さんは俯いた。ちらちらとこちらを伺っていて、怯えさせてしまっただろうか。しまったな。
「別に取って食おうなんて思ってないから大丈夫だよ」
ひらひらと手を振ってそう言ってのければ、音無さんはふるふると震え、今にも泣き出しそうだった。うん……。
「(ちょっと待て)」
まさか、あたしやらかしたのか。女の子泣かしたのか(まだ泣いてない)。そんなにキツい言い方しただろうか。
女好きの我が妹にバレたら苦言を呈されそうだが、あたしだって泣かせるつもりなんか更々無かった。誰がこんな可愛い子を泣かせるものか。
動揺を表情には出さずとも、冷や汗が背中を流れていったのを感じた。兄貴のゴーグルマント野郎はシスコンだってのに。
「……とりあえず屋上行こうか」
苦し紛れにそう吐いた。
「すみませんでした」
「え……」
誰もいない屋上で、あたしは頭を下げた。ぽかんと固まった後、慌て出した音無さんに思わず笑う。わあ可愛い。
「あ、あの、私っ」
「女の子の泣かせかけるなんて、かなにとってはあるまじきことだからね」
「……」
「あたしとしても、年下は愛で可愛がる対象で……あ、今のはオフレコで」
「……」
「あたし、何かした?」
「ち、違うんです」
「私、ゆみさんたちのこと疑っていて」とのこと。ああ、そういうことね。
「そっか」
「…怒らないんですか?」
「だっていきなりラピ○タの如く空から降ってきた得体の知れない人間だよ?現に音無さん以外にも、微妙な目で見てる奴はいるし」
「…自分で言うんですか」
「事実だし、自分でも何でこうなったのか分かんないしさ」
「……」
黙り込む音無さん。何か考えていたようで、暫く経ってから口を開いた。
「私、情報収集が得意で、ゆみ先輩たちについて調べてみたんです。あんなにサッカーが上手いんだから、何かしら過去にしていたんじゃないかって。
……でも、情報は見つかりませんでした。何一つです。サッカー関連でなくとも、少しくらいあってもいい筈なのに。
昨日、入院している源田さんや佐久間さんにも会いに行ってみたんです。偶然会えたので聞いてみたんですけど、曖昧に濁されてしまって。
確かに、私以外にもゆみ先輩たちを警戒している人はいます。……それでも、キャプテンが受け入れているなら、きっと、」
「それは違うよ」
色々と考えて、悩んでいることはよく分かった。でもね、
「円堂がチームの精神的支柱なのは分かってるけどね、それだけで流される程彼らは子供ではない筈だ」
もっと、理由は別のところにあるのだろう。
遮ったあたしの意図を察したのか、音無さんは、再びたどたどしくも言葉を紡ぎ出す。
「き、どう、ゆうとは、私のお兄ちゃんで、」
「うん」
「お兄ちゃんが、あんなにも簡単に信じちゃって、」
「うん」
「やっと…一緒にいられるようになったばかりで、怖くてっ」
「うん」
「お兄ちゃんと、帝国の人たちとの間に、強い信頼があるのは、分かってるけど、」
「うん。ごめん、もういいよ。我慢もしなくていいから、ね」
いっそのこと、流してしまえばいい。まだ会って日は浅いけれど、あたしでよければ胸を貸そう。
両腕を広げてみれば、音無さんは飛び込んできて、わんわんと泣き出した。
……鬼道と音無さんは孤児だった。音無さんにとって鬼道は支えで、鬼道にとって音無さんを引き取り、もう一度一緒に暮らすことが支えだった。
別々に引き取られて、擦れ違って、やっと再会出来たんだ。それでも、不安はあるだろう。一度なくしたものなのだから。
ましてや、音無さんはつい最近までランドセルを背負っていた訳だし、まだまだ子供なんだ。
あたしも、まだ高校生だけど…。……お兄ちゃん、か。ずっと会えていなかった訳だけど、今、会える距離にいる2人が、羨ましいと思う。
「すみません……」
「いいよ。音無さんは鬼道のことが大好きなんだね」
「…はいっ!勿論です!」
「やっと笑ったね。女の子は笑ってた方がいいよ」
かなが言いそうなセリフだと思いつつ、音無さんの頭を撫でる。
「変な話だけど、音無さんの気持ちはよく分かるよ。あたしももう長いこと兄さんに会えてないから。
会いたくても会えない。……家族への愛情ってのは、時間が経てば経つ程、焦がれ、手放したくなくなるものだよね」
「ゆみ先輩……?」
不思議そうな音無さんに、口を滑らせ過ぎたとほんの少し前の自分を叱咤する。が、何かを感じたのか、音無さんが追及することは無かった。
「あ、私のことは春奈って呼んで下さい!」
パンッと手を打ち鳴らした彼女が言うには、他のマネージャー2人も、よそよそしく名字で呼ばれるより、名前の方がいいと思っているらしい。
「分かった。りなとかなにも伝えておくよ、春奈ちゃん」
「あ、ちゃんはいらないので!」
「そう?じゃあ、春奈ね」
「はい!」
……妹って、こんな感じなのだろうか。かなが男勝りだからなあ。
とにかく、春奈と仲良くなれたようで良かった。
.