スイート・ハイプ!
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結果は、ダブルス一勝シングルス2勝で四天宝寺の勝利だった。
蓋を開けてみればシングルス1まで回らなかったのだから、不思議なものだ。あんなにギリギリの試合ばかりだったのに。
ありがとうございました。
そう大きく挨拶が響いて、選手たちは各々泣きながら、あるいは笑顔で、あるいは真剣な面持ちでコートを出ていく。昨日の気持ちを思い出して、私も両手をぎゅっと握った。きっとやり場のない大きな感情を持て余しているのだろう友人たちの姿を、私は遠くからぼんやり眺めるだけ。気持ちを少しでも理解してしまったからこそ、尚更私は氷帝のみんなにかける言葉を失ってしまったのかもしれない。
***
短くも長くも思える休憩時間もそろそろ終わる頃、タカさんがうーん、と少し悩んだふうに息をついたのが目に入った。
「どうしたの?」
「決勝も3位決定戦もいい試合になりそうだから、どっち見に行こうかと思ってさ」
「あ、3位決定戦もやるんだ」
「うん、やるよ」
隣の不二くんがおもむろに口を開いて、みょうじさんは?と首を傾げた。
「私も迷うな。不二くんはどっちに行く?」
「僕は決勝を見に行くつもり」
すぐに答えた不二くんの後ろから、菊丸くんが俺も決勝!と大きく手をあげる。タカさんはまだ迷っているようだったけれど。
「俺も、やっぱり決勝かな」
「そっか」
私はどうしようかな。
青学に勝った氷帝の試合を最後まで見届けるのもいいかもしれない。
「私は3位決定戦見に行ってみる」
「じゃあ、俺もそっち見に行こうかな」
そう言ったのは越前くんで、結局3位決定戦を見に行くのは私たち二人だけのようだった。
みんなにまた後で、と挨拶をして、ここ数日で見慣れてしまったコートの立ち並ぶ風景の中を歩いていく。
「越前くんはどうして決勝じゃなかったの?」
「なんとなく、かな。みょうじさんは?」
「私もなんとなく」
「変なの」
ふっと小さく笑った越前くんは、春よりもほんの少し大人びて見えた。
「春から、なんかあった?」
「え?」
「いや、別に特別意味がある質問じゃないんだけどね。しばらく会ってなかったでしょ。だから」
「大したことはなかったよ」
「そうなの?」
「テニスしてただけ」
言って口の端をあげた越前くんは、嬉しそうだ。『テニスしてただけ』はきっと『テニスに夢中だった』って意味なんだろうな。
「そっか。よかったね」
手を伸ばして彼の頭を撫でてやると、うわ、と嫌そうに顔をしかめられた。
「子供扱いするなよ」
「そうだね、来年は高校だもんね」
「みょうじさん、おばさんみたい」
「おいやめろ」
「何怒ってんの?」
クスクス笑って、それから越前くんは足を止める。目の前には、三位決定戦の会場。
踏み込むと、すでヒリヒリと肌をさす空気に満ちていた。緑色のコートが嫌に鮮やかに光っているみたいに見える。
ふと、視界に跡部の姿が写った。隣には樺地くんも立っている。越前くんに目配せすると、彼は迷わず跡部の方へと歩いて行って、遠慮なくその隣に座った。
「ふーん、悪くない席だね」
越前くんの声に振り返った跡部は、私たちを見て小さく目を見開く。
「お前ら、決勝はどうした」
「どっちを見に行こうが俺たちの勝手でしょ」
しれっと答えた越前くんに跡部は肩を竦める。
とりあえず私も越前くんの隣に座って、試合が始まるのを待つことにした。それから、少し遠くに氷帝の選手たちが固まっていることに気づく。
「跡部はあっちいかなくていいの?」
「今のあいつらに俺は必要ねえからな」
「そう言うもん?」
「俺はあくまで観戦に来てるんだ。口を出す気はねえよ」
「そっか」
少しわかる気がする。
近くに跡部がいたら氷帝の選手たちだって頼りたいと思ってしまうかもしれない。それなら、少し離れた場所にいる方がいいと言うことだろう。
私と跡部は同じように部外者だけれど、きっと立場は正反対なんだ。
「どうした、今日はやけにおとなしいな」
頷いた私を見下ろして、跡部はふん、と鼻を鳴らした。
「うるさいばか、きらい」
私の悪態にため息をついたのは跡部か、越前くんか、それとも二人だっただろうか。
***
氷帝はダブルスで二勝、シングルス3は惜しい負けを喫したものの、流れはこちらのもの、と言った雰囲気だ。
きっと次の試合で結果が決まる。会場のいく人かはそう思っているだろう。私も含めて。それとも、素人判断だろうか。越前くんに聞いてみようと思って横を向いた瞬間だった。
「あ、コシマエおったー!」
大きな声が響いて、一気に会場の視線をかっさらっていく。
声の主は、小柄な男の子だ。昨日、越前くんと試合してた、あの子。
「何しに来たの」
越前くんはと言えば、面倒そうな表情を隠そうともしなかった。
「めーっちゃ探したんやで! 試合してくれる約束したやん!」
「そうだっけ?」
「おん!」
「覚えてない」
「約束したで! ぜーったいした!! あっ、姉ちゃんあの時おったやんな、証人になってや!」
「え、私?」
彼は私の肩を掴んで、なあなあ、と迫りながらガクガクと揺さぶられる。待って、ちょっと気持ち悪いって。
「おったやろ? 財前の未来の嫁さんやったっけ?」
「いたけど、それは違うよ!?」
「なんでもええから、コシマエに試合してって言うてえな!」
「わかったわかった、越前くん試合してあげたらいいんじゃないかな!?」
半ばヤケクソみたいに口にしたセリフにも、彼は満足そうに頷いて肩を離してくれた。危ない。肩が外れそうな勢いだった。
越前くんはその様子に諦めたように息をつく。
「じゃあ、三位決定戦終わったらね」
「えー! 今すぐ!」
「終わったらでいいじゃん」
二人の押し問答に、黙って見ていた跡部は低く喉を鳴らした。
「越前、相手をしてやれ。どうせ、次の試合なんざすぐ終わる」
「へえ、自信あるんだ」
「当たり前だ。あいつらは氷帝だぞ」
「四天宝寺には負けたけどね」
「減らねえ口だな。いいから、さっさと行け」
眉を寄せた跡部の表情を1秒だけ見つめて、越前くんは立ち上がる。どうやら、試合をしてあげることに決めたようだ。
「みょうじさん、終わったら迎えに来て」
「わかった、行ってらっしゃい」
椅子をひらりと飛び越えて、越前くんは観客席を後にする。赤毛の名前を知らない彼も慌ててその背中を追って行った。
「あっちの方がいい試合になるかもな」
跡部が二人の去った方を見つめながら呟く。
「あの子、そんなに強いの?」
「遠山か? ああ、強い」
あの子、遠山くんって言うのか。
跡部がこんなに簡単強いって言うんだから、きっと強いんだろう。そう言えば、昨日見たラリーは静かだったけれど、何か特別な感じもあったな。
そんなことを思い返しているうちにまた次の試合が始まって、私は思考と視線をコートへと引き戻す。これが、私の見るインターハイ最後の試合になるように祈りながら。
***
あっけないほど簡単に勝敗は決し、氷帝学園は三位のメダルを受け取ることが決まった。
氷帝、氷帝、と繰り返されるコールが観客席を揺らしている。
最後の挨拶を交わした選手たち。一礼の後、みんながコートを後にしていく中、宍戸くんが立ち止まって高く拳を突き上げた。
「勝ったぜ、跡部!」
大きな歓声の中でも、はっきりと聞き取れる声。
氷帝の選手たちはみんな足を止めて、観客席を、いや、跡部を見上げている。
私が跡部を見やれば、彼は緩やかな動作で立ち上がると、パチンと大きく指を鳴らした。途端に会場はしんと静まり返る。
「よくやった」
静かな声が染み渡るみたいに会場に響いていく。ほんの少しの静寂の後、反動みたいに大きな歓声が戻ってきて、また氷帝、氷帝、とコールが再開された。
跡部は、口元に誇らしげに笑みを浮かべている。
「みょうじ」
「なに」
「来年は俺もコートに戻る」
「それ、日本に帰ってくるってこと?」
「そうだ。だからお前もそこにいろよ」
そこって。私に来年も見に来いと言うのだろうか。私がここにいることが跡部にとって意味があることだというなら、私はきっと来年もここにいるだろう。
素直に頷きたい胸中とは裏腹に、口は勝手に素直じゃない言葉を音にするけれど。
「気が向いたらね」
「可愛くねーな」
いつもの、このくらいの距離感が私たちにはいいみたい。ほら、跡部だっていつもより少し柔らかい表情。
そんな彼を、こんな口約束にも満たない約束を、私は来年になったってちゃんと覚えているだろう。きっと来年が終わって、その先が来たって、ずっと。
69 インターハイ編30
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