スイート・ハイプ!
Name Setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「小春、誰を探しとったとね」
苦笑まじりに千歳さんが言うと、小春と呼ばれたその男の子はふふ、と笑い声を漏らした。
「もちろん。千歳のこと探しとったんやで。でも、こんなところでみょうじちゃんに会えるなんて、偶然にしてはできすぎやなあって思って」
「ああ、もしかして彼女が昨日財前がいっちょった子か」
「せやせや。金髪で青学のみょうじちゃんいう子、そうおらんやろ!」
なあ、と私に同意を求められ、私は笑って曖昧にやり過ごす。いやだから、財前くんは私のこと友達になんて話してるんだって。
「アタシは四天宝寺の金色小春や。小春ちゃんでええで」
「知ってるかもしれないけど、みょうじなまえ、です」
「オッケー、なまえちゃんね!」
「え、う、うん」
「ねえねえ、青学にも可愛い子いっぱいおるけど、なまえちゃんはどんな子が好みなん?」
「へ? 好み?」
「やっぱり不二くんなんか人気あるんやろ? アタシはバンダナくん、あ、海堂くんのことやで! 彼とか可愛いなあ思うねんけど!」
「うん、そ、そうだね?」
「えっ、やっぱバンダナくんなん!? 恋敵出現!?」
「いやいやそうじゃなくて」
「でも、年下好みはプラスポイントやんな!」
「ごめんちょっと一旦落ち着こう!?」
きゃあ、と嬉しそうな悲鳴を上げて私の手をがしりと掴んだ彼に、私はどうしていいかわからず視線を泳がせる。どうやったら彼を止められるんだ。助けを求めて越前くんの方を見やっても、テニスに夢中の背中が見えるだけだ。千歳さんも笑って私たちを見守るだけで、助けてくれる気配はない。
なおも言葉を紡ごうとした小春ちゃん、と呼んでいいのだろうか、彼に内心で頭を抱えた時だった。助けは、意外な方向からやってきた。
「みょうじさん!」
私の名前を呼んで駆けてきたのは、昨日の夜会った、確か白石くんだ。
「あああ、遅かったんやな」
私と小春ちゃんを見比べて、彼ははあ、と重い息をつく。それを見た千歳さんは、はは、と軽い笑い声を立てた。
「白石も、俺たちじゃなくてみょうじさんを探しとったと?」
「お前らを探しとったに決まっとるやろ。でも、向こうから小春がみょうじさんを質問責めにしとるんが見えて慌てて走ってきたんや」
ぺしり、と軽い手刀を小春ちゃんにお見舞いして、白石くんは困ったように眉を下げる。
「後輩想いなのはわかっとるけど、みょうじさん困らせるんはあかんやろ」
「せやかて、少しは協力したいやろ」
「まあ、気持ちはわかるけどな」
拗ねたように唇を尖らせて、渋々私の手を離す小春ちゃん。彼は私を見下ろして、ごめんな、と笑みを浮かべた。
「困らせるつもりはなかってんで。あっ、大きな声でいうのが恥ずかしいなら、内緒話で、」
「こら、小春!」
「ああん、蔵りんたら厳しいんだから!」
白石くんの再びの手刀を受け流して、小春ちゃんは私にパチリとウィンクをくれる。声に出さずに口の形だけで伝えてきた言葉は『後で』だろうか。なんとなく憎めなくて、私も思わず笑みを浮かべてしまった。びっくりしたけれど、小春ちゃんは悪い人じゃなさそう。
一方の白石くんは、私に気まずそうな視線を投げかけてくる。
「ごめんな。止めるって言うたのに」
「え、ああ、そっか」
もしかして、『昨日の夜の何かある』みたいな雰囲気は、このことだったのだろうか。私が財前くんの関係、というか何かで、小春ちゃんに質問責めされるかもしれないっていう、それだけの。
「このくらい、なんでもないよ。気にしないでよ」
「ありがとうな、みょうじさん」
白石くんがその言葉を言い終わるか終わらないうちに、コートの向こうからそんな大きな声が響く。
「えー! 姉ちゃんがみょうじなん!? 財前の運命の人なん!?」
ボールがコートの端へと落ちていくのも構わず、赤い髪の男の子がこちらに駆け寄ってくる。彼が勢いよくフェンスをつかむから、がしゃん、と大きな音が響いた。
いや、待って。何て言ったの。うんめいのひと。運命の人? 誰が? 私が?
「ざ、財前くん……」
なんて恥ずかしい称号を頂いてしまったのだろうか。頬に熱が集まるのを感じる。彼が言っていた『一目惚れ』は本当だったのだろうなと今更ながら実感してしまう。でも、私、そんなこと言われたって。いや、直接言われてはいないんだから、聞かなかったことにすればいいんだろうけれど。
と、越前くんは興味をなくしたようにラケットを下ろして、ふう、吐息をつく。
「それじゃあ、俺の勝ち。終わり」
「えっ、あー! 今のなしや! ずるいでコシマエ!」
「ずるくないよ。集中切らしたのはそっちじゃん」
「そんないけず言わんと、もう一球やろーや!」
「だめ。もうとっくに3分過ぎっちゃったし。ね、みょうじさん」
急に話を振られて、私はえ、と言葉に詰まった。赤毛の彼は眉を下げて、情けない顔だ。よっぽど越前くんと試合がしたいんだろう。ちょっとかわいそうな気もするけれど。
「ごめんね、青学のみんなが待ってるから」
「そんならしゃーないな。後でまた試合しよな、コシマエ」
「はいはい、後でね」
越前くんの了承に、彼の表情は一気に明るさを取り戻した。絶対やで、と嬉しそうに歯を見せて大きく笑う。
「なまえちゃん、もう行ってしまうん?」
小春ちゃんは寂しそうにそう言って、引き止めるように私の手をとった。
「そろそろいかなくちゃ」
「ほな、今度ゆっくりお話しような」
「うん、またね」
小春ちゃんににっこり微笑まれて、私もつられたみたいに笑みを浮かべてしまう。小春ちゃんの独特のテンションにはどうにも飲まれてしまうようだ。
コートから出てきた越前くんは、みょうじさん、と急かすように私を呼んだ。
「ばいばい」
「気をつけていきなっせ」
見送ってくれる四天宝寺の3人に頭を下げて、青学のみんなのところへ行こうとした時。前から走ってくる人影が目に入る。
「あ」
思わず声が漏れた。財前くんだったから。
すい、と彼の視線が私を捉えて、驚いたみたいに目が見開かれる。
「みょうじさん」
私の名前。
知ってたのか。そうか、初めて会ったとき、大石くんが呼んでたからか。あの時から、財前くんは私のことを。ダメだ。考えれば考えるほど意識して、頭の中に気持ちの置き場がなくなってしまいそう。
彼に気づかなかったフリをしたくて、目をそらしてしまった私を、彼はどう思っただろうか。
引き止めるように肩を掴まれて、近い距離で目が合う。
あ、だめだ。やばい。顔が見れない。なんだか、やけに。やけに、なんだろう。
「ごめ、ん!」
手を振り払って、私は走り出した。だって、どんな顔したらいいのか分かんない。とにかく、だめだ。今は、だめ。
だって、だって、私。
64 インターハイ編25