スイート・ハイプ!
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そうやって4回の勝負を経たのち、私はベッドに突っ伏していた。向日くんも同じポーズで並んでふて寝だ。私たちはきれいに全敗、最下位だった。チップ代わりのチョコレートも全て没収されてしまった。
「やってらんねー」
「まじそれ」
「なー」
「ねー」
向日くんと頷き合ってから、枕に顔を埋める。
くそう、悔しい。二位だった忍足くんが勝ち誇った顔でこちらを見ていたのが一番ムカついた。いつか絶対勝つからな。ちなみに、一位は宍戸くんと不二くんのペアだった。さらに言えば、圧勝だった。不二くんはこう言うゲーム、得意そうだと思っていたけれど、宍戸くんがポーカーを得意とは知らなかったな。ゴールデンペアに至っては私たちと同レベルだと思っていたけれど、後半に大石くんが冷静な判断を下すようになって、何とか踏みとどまったと言う感じだった。ポーカーにも大石のテリトリーって乾が言ってたけど、それ何。一つも納得できない。
「最下位のお二人さん、拗ねとらんではよ罰ゲーム行ってきてや」
「うるせえ侑士、不貞寝ぐらいさせろよ」
「そうだよ、私たちからチョコレート搾取しといてまだ何かしろって言うの」
「自販機までお使い行くだけやん」
ため息をつく気配が背後でした。それから、不二くんのクスクス笑う声。
「ほら、起きてよ、二人とも」
不二くんが差し出した手を取って、私と向日くんは起き上がる。
「仕方ねえから行ってくる」
「私も行ってきます」
ドアに向かう私たちに、宍戸くんは苦笑した。
「手伝ってやろうか?」
「一位の人はゆっくりしてて」
私は肩を竦めて、ドアを押し開ける。自販機は廊下の突き当たりだから、すぐだ。
「えっと、乾とタカさんはお茶でしょ。そんで、忍足くんは……」
私が思い出した順にボタンを押していって、落ちてきた缶を向日くんが取り出していく。別に示し合わせたわけでもないから、私たちはなかなか息が合っているかもしれない。ポーカーでこれが発揮できていればよかったんだけど。
「お前、よく覚えてんな」
「さっき聞いたばっかじゃん」
「でも、結構人数いるだろ」
「そう、かな」
「そーだよ」
全員分のボタンを押したところで、向日くんがしゃがんだまま私のワンピースの裾を引いた。ジュースの缶が持ちきれなくなってしまったのだろうか。私もしゃがんで手を差し出してみるけれど、パチリと軽く叩かれただけ。
「なあ、みょうじ」
「なに?」
「お前、案外しっかりしてるし、それにいいやつだよな」
「急にどうしたの?」
「あとさ、よく音楽聴いてるじゃん?」
「ああ、うん」
彼が何の話をしたいのかわからないまま、私は内緒話でもするような距離で彼に頷いた。
「俺の家の近くにレコード屋があんだけどよ、そこ、爺さんが一人でやってんの」
「へえ、大変だね」
「そうなんだよな。もう歳だから。でさ、バイト、探してんだって」
「バイト」
「そう、バイト。お前、やってみねえ?」
「私?」
「どうせ暇してんだろ」
いつものちょっと人をくったような笑い方で、彼はそう言う。
確かに、言われた通りだった。私は今暇だし、それに、レコード屋さんってちょっと気になる。音楽は好きだし、レコードに囲まれて過ごすのってどんな感じだろうかと思う。
でも。でも、私は今日、不二くんにマネージャーに誘われたばっかりだ。まだ、あの話に答えを出していないのに、ここで安請け合いはできない。
「本当は俺が手伝ってやりてえんだけど、部活忙しいし、レコードとか古い音楽とかよくわかんねーし」
「そっか」
「興味ねえ?」
「興味、なくはない」
「じゃあ、東京帰ったら詳しいことラインする」
「う、ん。ちょっとだけ考えさせてね」
「おう」
あっさり頷いた彼は、たくさんの缶を抱えたまま立ち上がった。この話はここで終わりと言うことらしい。不二くんが強引だっただけに、少し拍子抜けだ。
「私も持つよ」
もう一度手を差し出すと、一つだけ炭酸の缶を渡された。
「思い切り振っとけよ、それ。んで、侑士に渡そうぜ」
「向日くん天才か」
「だろ?」
にやりと笑い合って、私たちは短い廊下を戻っていく。私はもちろん、缶を軽く振りながら。
***
「う、わ!」
一気に吹き出した泡は、忍足くんの顔を少しと、それから彼の手と絨毯を盛大に濡らす。
「だいせーこー!」
「だな!」
私が掲げた手に、向日くんがパチンと手を合わせた。
「ははっ、忍足、そんな下手なベタな手に引っかかるなんて……ふふ!」
不二くんもとっても楽しそうだ。宍戸くんも耐えきれなくなったのか笑い出している。
「岳人、みょうじさん?」
にこりと笑った忍足くんの笑顔がヒヤリとしていたから、私は慌てて目を逸らした。
「こう言う時に炭酸頼むのが悪いんだよ。いたずらしたくなるじゃん?」
「可愛く言っても無駄やで」
「可愛く言ってな、いいいうわあ!」
濡れた袖を頬にぺたりと当てられて、背筋がぞわりとする。慌てて離れて乾の後ろに隠れる私を見て、忍足くんは満足そうに微笑む。
「よし、次は岳人やな」
「うわあ、こっち来んな!」
「大人しくしとき、ちょっとベタベタするだけやって」
「気持ち悪いんだよ!」
「誰のせいや、誰の」
逃げ回る向日くんを、濡れた手を掲げながら忍足くんが追いかけ回していた。私は不意打ちでくらってしまったけれど、忍足くんの手が乾くのが早いか、向日くんが捕まるのが早いか。私もべちゃってされたから、向日くんにも平等にべちゃってされて欲しい。
「顔を洗ってくるかい?」
私を振り返った乾が、少し笑ってそう言った。
「そうしよっかな。向日くんがどうなったか、後で教えてね」
「わかった、あ、いや、捕まったな」
「あ、ほんとだ」
あえなく捕獲されて、忍足くんに復讐された向日くんはうわあああ、と情けない叫び声を上げている。私も向日くんも共犯だから、こうでなくちゃ。
「向日くん、一緒に顔洗いにいこ」
「……行く」
情けない顔でとぼとぼ歩く向日くんの後ろを、忍足くんはにこにこ上機嫌な顔でついてきた。
「俺も手え洗いに行くわ」
「結局、俺とみょうじが一番べたべたになってねえか」
「俺かて、眼鏡が濡れてしまったんやで」
「メガネくらいいいじゃん。どうせ伊達眼鏡だろ、それ」
小突き合う二人を横目に笑いながらバスルームに向かい、私は袖をたくし上げて軽く水で顔を流す。うん、すっきりした。タオルを戻して二人に場所を譲ろうとしたのだけれど。
「みょうじさん。それ、どうしたん?」
「え?」
指差されたのは、私の腕。
あ、やばい。すっかり忘れてた。
慌てて私は袖を元に戻して、財前君に書かれた電話番号を隠すけれど、すでに後の祭りってやつだ。
「隠すようなもんなん?」
私の手を取って、忍足くんはぐい、と袖を上げてしまった。あーあ。
「掠れてんな」
一緒に覗き込んできた向日くんが、首を傾げる。確かに、時間が経ったからか、掠れてしまったもう読めない。
「多分、これ電話番号と名前やんな」
忍足くんは勘が良すぎじゃないか。私はため息を付きたいのを堪えて、言い訳を探す。
「メモ代わりに」
「メモって何のメモなん?」
「後で、電話するところがあって」
「ふうん、連絡する気なん?」
「いや、だからそう言うんじゃないって」
「別に、俺はなにも言ってへんで」
「……忍足くんのこと嫌いになりそう」
忍足くんの後ろで不思議そうな顔をしている向日くんが癒しに思えた。もういい加減腕を離して欲しい。
「財前って読めるような気、すんねんけど」
「さあ」
「みょうじさん、案外往生際悪いなあ」
彼は私の手を引っ張って、それから蛇口をひねる。ざあ、と溢れ出した水にまたじわりとインクが滲んだ。忍足くんは石鹸を泡立てて私の手を擦って、すっかり財前くんの書いた文字を消してしまう。
「ここまでしなくても、どうせもう読めないのに」
「みょうじさん、連絡したらあかんで」
「しないよ」
ため息をついて見上げると、彼は案外真面目な顔をしていた。もしかして、心配してくれたのだろうか。面倒に思ってしまったからと言って、少し態度が悪かっただろうかと少しだけ申し訳なくなる。
「なあ、何だよ。どう言うこと?」
「何でもないよ」
「はあ?」
不満そうな向日くんを適当にあしらって、私は彼に新しいタオルを押し付けた。そろそろ向日くんは顔を洗うのを忘れてしまいそうだ。
なんだか気まずい空気になってしまったバスルームを逃げ出そうとした私を、忍足くんの声が追いかけてくる。
「誰かさんに見つからんで良かったな」
「誰かさんって?」
「みょうじさんが思い当たらんのやったら、俺からは言えへんやろ」
「そんな誰かさん、いないよ」
忍足くんはそうか、と短く答えて苦く笑った。
私には誤解されて困るような人なんかいないし、欲しくもない。だから私も苦笑だけを返してバスルームの扉を閉じる。
扉の向こうでは向日くんが顔を洗い始めた音が聞こえていた。
59 インターハイ編20