合宿編(全22話)
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レセプションルームにたどり着くと、それぞれの自己紹介と今後の予定を聞かされた。
この合宿の主催は跡部くんと言うエントランスで会った人であること、私の仕事は主にスタッフのお手伝いと連絡であること、檀くんと言う可愛い感じの男の子と、観月くんと言うちょっと神経質な雰囲気の男の子がマネージャーを兼業しているので、難しいことがあれば彼らを頼っていいと言われたこと。ざっとこのくらいのことを覚えておけば良さそうだ。
みんなの名前は覚えきれなかったが、仕方ない。たった数日の付き合いだから、そう不便もないだろう。
ミーティングは30分ちょっとで解散になって、私はスッタフさんの指示をもらいに行った。
はずだったのだが。
「どうしてこんなこともできないんです。いいですか、端をきちんと合わせなさい。そうじゃありません。タグがついている方が内側の後ろになるように。ああもう!」
眉を吊り上げて怒りの表情を浮かべた観月くんは私の手からタオルをひったくった。めちゃくちゃ怖い。
どうしてこうなったかと言うと、私が積んであったタオルを崩してしまったせいなのだが。純然たる私の自業自得なのだが。
「別に、ちょっとくらいズレてたっていいじゃん……」
聞こえないように小さな声で言ったつもりだったけれど、洗濯機も乾燥機もまだ動いていないランドリールームはあまりにも静かだった。
「聞こえてますよ。少しのズレが積み重なれば、大きな傾きになります。また重ねたタオルを崩して泣きを見るのは君ですよ。どうしてわからないんですか」
「ごめん」
「謝るときはきちんと聞こえるように!」
「はい、ごめんなさい!」
「よろしい」
「観月くんの鬼姑」
「聞こえてると言ってるでしょう」
「ひっ!」
怖い。ひたすら怖い。観月くんの顔が整っているせいも手伝って、怒った顔がとても怖い。ここには逃げ場もなくて助けてくれる人もいないから、ひたすら青ざめながら一生懸命タオルをたたむ。端をきちんと合わせて、タグは後ろ、だっけ。
「できた、これでいい?」
「ええ、まあまあですね」
「まあまあって、観月くんのけち」
「誰がけちですか。無駄口を叩いていないで、真面目にたたみなさい」
「地獄耳」
「随分大きな陰口ですね?」
「み、観月くんのバーカバーカ」
「幼稚園児のような侮辱に僕が何か感じるとでも? そこへ直りなさい。根性を叩き直してあげますよ」
「怒ってんじゃん!」
全く、とため息をついた観月くんは、再び大量のタオルに向き合った。
何だろう、この感じ。今ままで周りにいなかったタイプだ。『神経質そう』と言う第一印象は間違いではなかったな。
「一人では大変だろうと思って見に来てあげたのに、君と言う人には呆れて言葉もありませんね」
「めちゃくちゃ喋ってるくせに」
「何か言いました?」
「ぎゃ、ごめんなさい!」
「だいたい、僕が手伝ってあげるいわれなんて初めからないんですよ。もちろんマネージャーが何をすべきかはよく知っていますし、請われれば教えるつもりもあります。でも僕は選手としてここにいるのですから、手伝ったり教えたりするのは僕の義務ではなく優しさなんです。わかりますか?」
「長い、話が長い」
「わ、か、り、ま、す、か!」
「はい、ありがとうございます!」
勢いよくお辞儀をすれば、たたみ直したタオルがぐらりと傾く。瞬間、伸びてきた手がそれを抑えて、タオルはことなきを得た。手の主、観月くんはじっとりと私を睨んでいて、カミナリが落ちるだろうかと私は姿勢を正す。
けれど。
「君がどう言う人なのか、よーくわかりました」
「ごめん」
「いいえ、分かってしまえばやり方もあると言うものです。とにかく、今は目の前の仕事を終わらせてしまいましょう。ただし」
「ただし?」
「この僕に雑用を押し付けたことは、覚えておいてくださいね。借り一つ、ですよ」
んふふ、と口の中で笑った彼は悪い顔。乾がたまにするような、あの表情。ああ、あっち側の人でしたか。
皮肉にも、甘く優しいリネンウォーターの香りに満たされた空間で私だけが背筋を凍らせている。
「私にも観月くんがどう言う人なのか、ちょっとわかったよ」
「それなら真面目に手を動かす気になったでしょう」
「そ、そーですね」
はは、と乾いた笑いを上げるしか出来ない私は、差し詰め袋小路のねずみだ。
と、控えめなノックが響いて小柄な男の子が現れる。
「観月さん、みょうじさん、お疲れ様です」
「ああ、檀君。コートの方は順調ですか?」
私への態度とは打って変わって、檀くんに優しい声で問いかける観月くん。この扱いの差は何だ、ちくしょう。
「はい、大丈夫です。スタッフさんが記録もしてくれているので、こっちが気になって少し練習抜けてきちゃいました」
「こっちはみょうじさんのせいで見ての通りですよ。申し訳ないけれど手伝ってもらえますか」
「はいです!」
元気よくお返事してくれた檀くんに、ごめんね、と頭を下げると、彼はブンブンと勢いよく頭を左右に振った。
「誰にでも失敗はあるですよ! 3人でたためばあっと言う間に終わりますから、元気出してくださいね!」
「壇くん、ありがとう、天使か。観月くん怖くて折れそうだった心が救われたよ」
「だから、聞こえてますよ」
「ごごごめんなさい、観月くんも手伝ってくれてありがとうございます」
「初めからそう言えばいいんです」
二度目の観月くんのため息に、壇くんは楽しそうに笑い声をあげた。
「お二人は早速仲良しになったんですね。僕もお手伝いするので仲間に入れて欲しいです!」
「だ、だんきゅん、てんし」
「喋るときははっきり発音なさい」
「壇くん天使! これでいいの、観月くん!?」
「もう少しマシなことを喋ってください」
「ですよね」
なぜか二人で頭を抱えることになった私と観月くん。その隣でにこにこ楽しそうな壇くん。何だ、この空間は。よくわからない。でも。
「へへ、タオルふかふかです!」
「ねー」
タオルを手でポンポンと軽く叩きながら笑う壇くんに、私も思わず一緒に笑ってしまう。
小さくて静かなランドリールームは居心地がいいなって、そう思った。少し数学部の部室に似ているからだろうか。それとも、優しい人がいてくれたからだろうか。
05 合宿編04