スイート・ハイプ!
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そう言えば、乾たちが来るって言ってたっけ。
見渡してみた部屋は片付いている。そもそも荷物を持ち込んでさえいないから、広すぎるほどのスイートルームなのに寸部の隙もなく整ったままだった。だから、しなくちゃいけないことといえば。
電話番号らしきものを書かれた腕を見下ろす。どうしても隠さなくちゃいけないわけじゃないけど、なんとなく見られたくない。洗えば落ちるだろうか。
洗面所に向かおうとした時、チャイムが鳴った。やばい。もう来ちゃった。洗っている時間はない。私は慌ててクローゼットを開けて、目についたカーディガンを羽織った。少し暑いけど、ちょっとの間我慢すればいいだけだ。
「どうぞ」
「ああ、お邪魔するよ」
ドアを開けると、乾を先頭に、不二くん、菊丸くん、タカさん、大石くんが続く。タカさんはコンビニの袋らしきものを持っているから、何かつまめるものでも買ってきてくれたのかもしれない。一年の二人は気を遣ってくれたのか、姿が見えない。でも、列はそこで途切れなかった。向日くん、忍足くん、宍戸くんが続く。なんでだ。なんでこんなにたくさんいるんだ。別に嫌なわけじゃないけれど。
「さすがスイートルーム! 広いなー!」
菊丸くんは部屋に踏み込むなり駆け出して、勢いよくカーテンを引いた。
「夜景すげー!」
「ほんとだ、すげー!」
菊丸くんと一緒に向日くんも窓にへばりついて外の景色を見下ろす。
乾や不二くん、忍足くんはすでにソファに座って何やら話し始めていた。大石くん、タカさん、宍戸くんは少し所在なさげだ。
「大石くんたちも座ったら?」
「ああ、ありがとう」
頷いた大石くんに、二人も続いてソファの方へと。さて、私はどうしようか。少し離れたスツールのあたりにでも陣取ろうか。思って、ソファを迂回しようとするけれど、そんな私を見て乾がニヤリと笑う。
「ホストは真ん中に座るべきだよ」
「私がホストだとも、みんながゲストだとも思ってないんだけど」
「そう言わず、こっちに来て座るといい」
乾の言葉に、そうだね、と不二くんが席をずれて、一番真ん中に一人分のスペースを作った。やめてくれ、そんな気遣いは求めていない。いいよ、言いかけたところで、どん、と後ろからのしかかってくるやつがいる。こういうことするのは、菊丸くんしかいない。
「じゃあ俺も真ん中ー!」
嬉しそうにいいながら私の背を押して、彼は私をソファの真ん中に座らせた。それから、自分も隣に座る。スペースは一人分だから、もうぎゅうぎゅうだ。
「じゃあ俺も真ん中!」
「何言ってんの、むり、すでに定員オーバーだよ!」
私の言葉に、いーじゃん、と笑って、向日くんも私の隣に割り込んできた。
「むりだって、向日くんは自分のお尻を過信しすぎだからね!?」
「ケツを過信ってなんだよ!」
「ぎゃ、痛! 挟まれて痛いって! 菊丸くんもうちょい避けて!」
「えー、こっちもギリだって! 大石、もうちょい避けて!」
「こらお前ら、あんまり押すなよ!」
押し合いへし合いしているうちに、端っこの大石くんが押し出されてしまう。あーあ、だからむりだって言ったのに。
「よーし、じゃあトランプしよーぜ!」
「向日くんは自由だな!」
「俺はポーカーがええな。宍戸にリベンジマッチしたいねん」
忍足くんは言って、隣に座る宍戸くんを見やる。
忍足くんも自由か。突っ込むのを諦めて、大石くんにそっちのスツール使ってね、と声をかけた。笑顔でありがとう、と返事をしてくれた彼はとても心が広いと思う。
「ディーラーは俺が引き受けるよ。人数が多いから、残りのメンバーで二人ずつ組もうか」
乾の提案に、不二くんが頷く。
「そうだね。席を変わるのも大変だし、このまま隣のやつと組めばいいかな」
不二くんはそこで一旦言葉を切って、忍足くんを見やった。
「宍戸と戦いたいなら、逆隣のタカさんと組むかい?」
「せやな。よろしく頼むわ」
「うん、こちらこそ」
そうなると必然、残りは宍戸くんと不二くん、大石くんと菊丸くんという組み合わせになり、私は。
「向日くんとかあ」
「なんで不満そうなんだよ!」
「頭脳戦得意そうには見えないんだもん」
「クソクソ、みょうじこそ、アホそうな顔してんじゃん」
「私はそこまで言ってないけど!?」
「ほら、そこの二人。チップとカードを配るよ」
乾に遮られるも、向日くんは不満顔だし、私だって不満だ。チームワークは最悪。これじゃあ、先が思いやられる。
とにかく配られたカードを手に取った。カードの横には小包装されたチョコレートがいくつかあるから、それもこちらへと引き寄せておく。乾の言うチップとはこのことらしい。
「お前、ポーカーのルール知ってんの?」
向日くんはチョコレートをひとつ、躊躇いもなく開けて口へ放り込んだ。それの個数で勝敗が決まるの、わかってんのかな。まあ一個くらいいか。
「大体はわかるよ」
「ふーん」
向日くんはひょいと私の手の中を覗き込んだ。私たちの手はキングのワンペア。運は悪くはない。
ゲームは乾の左の人から始めるらしい。まずは宍戸くん不二くんだ。二人はアイコンタクトだけをさっとかわし、二枚を交換する。
次は私たちだ。せっかく揃っている二枚のキングは残すのが得策だろうと思うけれど。
「これ捨てようぜ」
「え」
向日くんが指さしたのはよりにもよって、キングだ。彼は他のカードをさっと指差す。確かに、キング、クイーン、10、9と並んでいて、ジャックさえ揃えばストレートになるけれど。あえて揃っている役を捨てるのはどうだろう。
「うそでしょ」
「俺はテニスでもポーカーでも高く飛びてえんだよ」
「いや、どっちも飛ぶものじゃなくない?」
「男なら上を狙うもんだろ!」
「私、男じゃないもん」
「女も上を目指せって!」
「いや、ここは堅実に頑張ろうよ」
「いーや、当然こっち捨てるべきだろ」
彼はハートのキングをすいと引き抜いて、ぽいと放り投げるように場へ出してしまった。乾がそれをきれいに置き直して、ストックから引いた一枚を手渡してくれる。
「……ふーん」
案の定、カードはハートの4だ。つまり、手札は豚さんになってしまったと言うこと。
「なんだよ」
「いいんじゃない?」
ポーカーフェイスってやつを繕ってみようとするけれど、今の私たちじゃ、どんな手なのか手に取るようにわかるだろう。私も向日くんも、ポーカーには向いていなさそうだ。
次は菊丸くんと大石くん。菊丸くんが指さしたカードに大石くんが頷いて、彼らは二枚交換するようだった。
それから、タカさんたちの番。
「俺は自信がないから、忍足に任せるよ」
「ほな、お言葉に甘えよか」
タカさんに頷いた忍足くんは、ほんの少し迷って、三枚を変えた。ワンペアだろうか。考えてそちらを見ていると、忍足くんと目があって、にこりと微笑まれる。悪くない手だぞ、と言われているような気分だ。いや、三枚ドローならそれほどいい手ではない。はず。
それから三週目に誰もレイズせず、手札を開けることになったけれど。
私たちは、回収されていくチョコレートを虚しく眺めるしかできなかった。
「……まあ、こう言うこともあるよな」
「他にいう事ないの」
結局役なしの豚さんのままだったのだ。ピンポイントにジャックなんてくるはずがなかった。
「うるせー、たまたまだろ!」
「確率計算してみ!?」
「……運がなかったんだよ、俺らは」
「次は運に頼らず勝負しよ!?」
「わかったって、ちぇ」
言い合う私たちを見て、忍足くんはクスクス笑う。余裕の表情だ。少しくらい言い返してやろうと思ったけれど、その前に乾の声がした。
「さあ、もうひと勝負と行こうか」
58 インターハイ編19