スイート・ハイプ!
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青学の二回戦の相手は、愛知県代表だった。
国際色豊かな人たちが並んでいるのを見て驚いていたら、大石くんが相手の学校は、特に留学生を積極的に受け入れている学校なのだと教えてくれた。
コートに向かった選手たちを見送って、タカさんたちと応援席へと向かう。すると、カメラをもったジャージ姿の男の人がこちらを認めた途端、スッと立ち上がった。
「青学のみなさんですか」
独特のイントネーションは、どこの方言だろうか。タカさんは、木手、と彼の名前を呼んだようだった。
「久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりです。河村君はテニス部を辞めたと聞いていましたが」
少し距離感がある、と言うか、ほんの少し敵意のようなものを感じる話口。視線も心なしか冷たく感じる。とは言え、タカさんと大石くんは親しげに笑いかけているから、私は彼がどう言う立場の人なのかよくわからなかった。
「俺たちは見ての通り応援だよ。そっちは偵察かい?」
「そんなところですよ」
木手くんとやらは、それ以上会話を続けるつもりがないのか、ふいと前を向いてしまった。彼の連れであろう同じジャージの人は、まだ興味津々と言った雰囲気でこっちを見ていたけれど。明るい金髪に、日に焼けた肌、釣り上がった目。木手くんみたいな敵意を感じるわけじゃないけど、ちょっととっつきにくそうな雰囲気だ。
「やー、見ないちらだやー」
「え? なに?」
明るい金髪の男の子がなにを言ったのか全くわからなくて、私は瞬きをする。なんて言ったんだ。みないち? なんだそれ。
「見ない顔だって言ったんだよ」
彼はクスクス笑いながら、そう言い直す。なに、なんでそんなに笑ってるの。なにもしてないはずなのに、何か大きなミスでもしてしまったみたいな気分になって恥ずかしい。だから、ああ、うん、と生返事だけを返してしまった。
「誰の家族だばー?」
「え、あ、違う違う。家族じゃないよ」
「なら、恋人?」
「ただの友達」
「それで、わざわざ東京から大阪まで、」
「平古場くん、あんまり詮索するものじゃありませんよ」
鋭く制した木手くんの言葉に、平古場くん、と呼ばれた彼は、へーい、と気のぬけた返事を返して、前へと向き直る。木手くんは私へとちらりと視線をやると、すみませんね、と一言。私はいいえ、と答えたものの、彼の雰囲気の鋭さに私はすくんでしまう。木手くんのこの迫力はなんだ。マフィアかなんかなのか。
「彼らは、沖縄の選手なんだよ。悪いやつじゃ、ない、と言うか、まあ、ないと思うんだけど」
大石くんが私に小さな声で教えてくれる。けれど、悪いやつじゃないのか悪いやつなのか、ちょっと曖昧じゃないか、それ。
「悪いやつ?」
「見ようによっては、そう感じることもあるかもしれないね」
結局、はっきりしない返事に、私もへえ、と適当な相槌しか打てない。
と、コートのフェンスが開く音がした。ネット越しに向き合って整列する選手たち。私のすぐ前では、木手くんのカメラの赤いライトが点灯する。
二回戦が、始まった。
***
ダブルス2は青学の勝利、ダブルス1は敗北、一勝一敗で試合はシングルスへと続くようだった。私は緊張に乾いた喉を潤したくて、席を立つ。
「ちょっと自販機探してくる」
「一人で大丈夫?」
心配そうに眉を潜める大石くんの中で、私はすっかり方向音痴で定着しているのだろう。心外だ。たまたま、アクシデントが重なったり、焦ったりして道を見失っただけで、普段はそんなに道に迷う方でもない。多分。平均くらいだ。多分。
「大丈夫。見つかんなかったらすぐ戻るし」
「迷ったらすぐ連絡してくれよ」
「わかったわかった」
面倒になって適当に手をパタパタ振って答えると、タカさんがクスクス笑い出した。
「なまえちゃんと大石は親子みたいだなあ」
「勘弁してくれよ」
肩を落とす大石くんだけれど、本当に肩を落としたいのは子供扱いされた私の方だ。
「じゃあ、すぐ戻るから! 迷子にはならないから!」
「うん、いってらっしゃい」
楽しそうに笑ったままのタカさんと苦笑している大石くんに見送られて、私は応援席を後にする。すると、後ろからやってきた平古場くんが、私に追いつくと歩調を落として隣に並んだ。どうやら、一緒に行く気らしい。
「平古場くんも自販機?」
「まあな」
「場所、知ってる?」
「うり、見えてるだろ、そこ」
「あ、ほんとだ」
指差された方に素直に足を向けると、なにがおかしかったのか彼は少し笑ったようだった。あほだと思われているのかもしれない。
「して、やーはなんでわざわざ東京からきたばー?」
「その話、まだ引きずるの?」
「言いかんてぃくとぅがあんのか?」
「いい……? ごめん、わかんない」
「言いにくいことあるのかって」
「ああ、なるほど? 沖縄弁、なんかかわいいね」
素直な感想だったのに、彼は大きなため息をついてぺしりと私の頭を叩く。
「話逸らすなよ」
「いや、別に大した理由じゃないんだよ。友達の応援行きたいなーって思ってたら、知り合い……」
跡部の顔を思い出して、私と跡部の関係を表す言葉を探す。知り合いで間違いはないけれど、もう少し近いようで、けれど、友達と言うには遠い気がする。咄嗟にはうまい言葉が思いつかなくて、私はまあいいかと思考を放棄した。
「まあ、そう、知り合いがね、連れてってくれるって言うからついてきただけで」
「しんけん?」
「え、あ、本当。……って返事であってる?」
「合ってる合ってる」
あはは、と笑った彼。わざとわからない言葉を使われてたのかな。でも、ついつい私も一緒に笑ってしまう。彼が見た目よりも話しやすいからだろうか。
自販機の前にたどり着くと、彼が私の一歩後ろに立った。譲ってくれたのかと思って、お金を入れると。
ピッと高い機械音がして、がしゃん、と飲み物の落ちる音。待て待て。私はボタン押してないぞ。自販機からコーラを取り出した平古場くんは、何食わぬ顔だ。
「ねえ待って、なんで私奢らされてんの?」
「案内してやっただろ」
「一人でも来れたし!」
「どうだかな」
「もうコーラにするからそれちょうだい」
「おっと」
私が伸ばした手をひらりとかわして、彼は意地悪くニヤニヤ笑った。手の中で私に見せつけるようにコーラを揺らしている。
大石くん。沖縄の選手、悪いやつだよ。すごく悪いやつだ!
「私のコーラ!」
「ははっ、やるか?」
ひょいひょいと簡単に私をかわした平古場くんは、そのままパッと身を翻した。
「じゃーな!」
あっという間に小さくなって応援席の方へと消えていく背中を、私は地団駄を踏んで見送るしかない。
くそう、やられた。あいつ、初めからその気だったな。
仕方なくお茶を買って、私も席に戻った。すると、彼が私を振り返ってニヤリと笑うので、下から椅子の座面を思い切り蹴ってやる。
「うわ!」
「ひらこばのばか」
平古場がびっくりした顔をしていたのは一瞬で、彼はすぐにまた意地悪い笑みに戻ってしまった。
「そう言えば、やー、名前なんて言うばー?」
「みょうじ」
「下は?」
「教えない」
「なんでよ」
「平古場、意地悪だもん」
「ふーん」
彼はつまらないとでも言うように表情を曇らせて、それから、ふいと私から視線をずらす。その先にいたのは大石くんだ。
「大石、こいつの名前、ぬーがや?」
「え、ああ、ええと彼女は……」
先ほどの会話が聞こえていただろう大石くんは、私に気を遣ってくれているのか、困ったように視線を泳がせるばかりだ。
「教えてあげたら?」
そう言ったのはタカさんで、優しい口調は私を諭すみたいだった。タカさんは平古場の味方か。そう思ってじっとタカさんを見上げると、ぽんぽんと頭を撫でられる。私一人が駄々をこねているみたいな気分になってきて、私は仕方なく口を開いた。
「……なまえ」
「なまえな」
平古場は、私の名前を繰り返して笑う。
なるほど。確かに大石くんの言う通り、くったくない笑みを浮かべていると彼は悪い奴には見えなかった。
56 インターハイ編17