スイート・ハイプ!
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次の日、乾から電話で青学が負けたと聞かされた時には、心臓が止まる思いだった。
準決勝で立海に負けた、優勝したのはその立海だったと彼は言ったのだ。
しかし、よくよく話を聞いてみると、インターハイは都道府県ごとに出場校が決まるので、負けたからと言って全国大会に出られないというわけではないらしい。東京からは2校と決まっているらしく、青学と氷帝になったと聞かされた。他の県では地方大会とは別にインハイの予選をやるところもあると教えてもらったけれど、じゃあ私が観に行ったのはインハイじゃなかったのか聞けば、『一応インターハイの予選という位置づけだよ』と返された。
テニスって複雑だ。
***
月曜日のお昼休み。
チャイムが鳴ると同時に、やっと終わったとばかりに立ち上がるクラスメイトたち。月曜日は誰だって面倒になるものらしい。
私もやれやれと伸びをして、教室を出る。すると、菊丸くんが小走りに私を追いかけてきて、隣に並んだ。外側にはねた髪の毛が、ぴょこんと弾むのが何だかかわいい。
「第二多目的室?」
聞くと、片手にお弁当を下げた彼は私に頷いて、早く行こ、と急かす。同い年だけれど、素直な感情表現はどこか幼く見える。そういうところが話しやすくもあるんだけど。
「お腹減ったね」
「俺なんか、4時間目の間ずーっと早く終われーって念じてたよ」
「月曜だから」
「そう、月曜だから! 月曜日はダメ!」
我が意を得たりと大き頷いた菊丸くん。私はあくびを噛み殺して、ほんとそれ、と頷いた。
「あ、そうだ」
んーと、と彼は自分のポケットの中を探って、くしゃくしゃになった紙切れを取り出す。
「はい、なまえちゃんにあげる」
「何これ、ゴミ?」
「違うよ! メールアドレスが書いてあるの!」
「え、ライン知ってるからいらない」
「俺のじゃなくて、手塚のだってば」
手塚くんの。
確かに、私は手塚くんの連絡先を知らなかった。知らないんだけれども。
「……いい」
「なんでだよ! 最近手塚、調子いいみたいだし、なまえちゃんも応援してやってよ」
「私から連絡もらっても、手塚くんは嬉しくないと思う」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるよ、多分」
「多分じゃん」
「多分でも、あるの」
「ないよ、多分」
「多分でしょ」
押し問答に首を振って、たどり着いた第二多目的室の鍵を鍵穴に突っ込んだ。
「隙あり!」
「わ!」
グシャリと音がして、私のポケットに突っ込まれた紙切れ。彼の口元がにやりと弧を描く。
「いいって言ってんのに」
「別に受け取るくらい良いじゃん! なまえちゃんの頑固者!」
「菊丸くんのばか」
ポケットから紙切れを取り出して、丸めて彼へと投げつければ、彼はひょいとそれをキャッチして手の中でくるりと回した。器用なことだ、全く。
「俺だってさ、二人がなんかあったんだろうなってくらいわかってるよ」
じっと紙切れを見つめて、今度は真剣な顔。
私はそれを見上げながら、手塚くんのことを思い出してみる。手塚くんは合宿の別れ際、なんでもない顔で挨拶をしたけれど。私に『忘れていい』と言ったけれど。それでもきっと私は手塚くんを傷つけて、蔑ろにしてしまった事実には変わりがない。それなのに、今更どの面さげてメールすればいいって言うんだ。できるはずがない。
私はため息をつきたいのを堪えて、そっと静かに息を逃した。
「じゃあ、もういいでしょ」
「よくない! 手塚ってさ、いつも難しい顔してクソ真面目でさ。俺だって手塚のこと苦手だけど、そんでもあいつは友達で仲間なんだよ」
「じゃあ菊丸くんが応援してあげてよ」
「それだけじゃ足りないんだって。俺はみんな友達で仲間がいいの! 手塚だってそう思ってるはずだから、ほら」
菊丸くんは、ん!と私の目の前に紙を差し出して、一歩も譲る様子を見せなかった。数秒、私たちは睨み合う。猫みたいなアーモンド型の目が私を真ん中に捉えている。
「菊丸くんのわがまま」
そうだ。この紙きれは、優しさであると同時にわがままだ。ただのエゴだ。きっと彼自信だってそれをわかってやっている。
「いーよ、わがままでも。受け取ってくれるまで、ずーっとこうしてやるもんね」
菊丸くんの手を押し返してみても、私の顔の前に戻ってきてしまう。もう一度押し返して、もう一度戻ってきて。五回も繰り返せば、私はもう諦めようかと言う気になった。
「……わかった。とりあえず受け取っとく」
「帰ったら即メールだかんな!」
「即かどうかは知らない」
「もー、ほんと頑固者! そう言うとこも、なまえちゃんらしいけどさ」
彼は私を押し除けて、第二多目的室の鍵を回す。強引に回された鍵は、がしゃんといつもより重い音を立てて開いた。
「ほら、入って」
顔いっぱいに得意げな笑みを浮かべる彼に、私は一生勝てそうもない。なんだかんだ、私は菊丸くんに弱い。そろそろ自覚せざるを得ない。
今度は我慢せずにため息をついて、私は部屋へと踏み込む。空調のスイッチの入っていない部屋の熱い空気が、するりと肺に滑り込んできた。私は、どうしたってそれを許す他なのいのだ。
47 インターハイ編08