スイート・ハイプ!
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関東大会の1日目が終わってからの一週間は、なんだか長く感じた。早く次の試合が見たいような、このままいつもの日常がだらだら続いて欲しいような、どうにも座りの悪い感じ。私がどう思ったところで、時間は止まることなんかないし、結局その日はやってきたのだけれど。
***
関東大会、二日目。
今日は大石くんと二人で会場に向かう。タカさんはお店に貸切の予約が入って、お手伝いしなければならなくなってしまったらしい。俺の分も応援してきてね、と言われたけれど、応援旗を振り回して一際目立つタカさんの代わりを誰ができるというのだろうか。とにかく、私も声だけは出して応援しなくちゃ。
バスを降りたところで、大石くんが、あ、と声をあげた。
「俺はちょっとコンビニ寄ってから行くよ。先に行っててくれないか」
「え、私も付き合うよ?」
「もう時間も迫ってるし、先にコート番号確認しててくれよ」
にこりと笑った大石くんの気遣いを無駄にするのも悪い気がして、私は素直に頷く。彼はこういうところに本当によく気が回る人だ。それはそれは、うらやましくなるくらい。
「わかった。コート確認したら、メッセージ入れとくね」
「ありがとう、助かる」
「ううん、気をつけて行ってらっしゃい」
「ああ、みょうじさんも」
大石くんは少しだけ迷って、それから手を私の頭にのせた。私に伝わってきたのは、ふわりとしたほんのわずかな感覚だけ。
「それじゃあ」
さっと踵を返した大石くん。私は彼の背中を見送りった。彼は今、私の頭を撫でたのだろうか。そうだよね、うん、そうだった。私の頭が周りの人より少し低い位置にあるせいなのか、最近はよく誰かにそうされている気がするけれど。
「……照れられると照れるよ、大石くん」
周りに聞こえないように小さく呟いて、私は熱の集まってきたような気がする頬を抑えた。乾に頭を撫でられるのなんて慣れっこなのに、相手が変わるだけでこうも変わるのか。変な感じだ。すごく、変な感じがする。
私はその感覚を振り払うように、大石くんとは逆の方向へと足を向けた。コートの番号、確認しなくちゃ。他のことは、今は横に置いておこう。そうしよう。
***
『青学は21番コートだよ』
大石くんにはそう連絡したものの、私は一人、人気のない場所で立ち尽くしている。21番コートってどこだ。っていうか、ここどこだ。よくわからない小さな建物の側に出てしまった。入り口のあたりにあった地図を確認したはずだったのに、おかしいな。
携帯の地図アプリはこの施設の敷地内までは表示してくれず、頼りになりそうにない。誰かに道を聞きたいけれど、あまり人はいないし、通りがかる人は忙しそうに小走りで私の目の前をすり抜けて行ってしまう。詰んだ。日差しはじりじり首筋を焼いていくし、なんだか心細い。もう少ししたら、大石くんに助けてって連絡してみようか。
壁にもたれて携帯を手にうんうん唸っていたら、矢庭にドアが開く。
「あれ、みょうじか」
中から出てきた人とバチリと目があって、あ、と私の口からも声が漏れた。
「宍戸くんだ。久しぶり」
「おう、結構久しぶりだよな」
ふっと目を細めた宍戸くん。会っていなかったのは高々数ヶ月だけれど、なんだか懐かしくさえ思える。
「向日くんからはよく話、聞いてるけどね」
「はは、そっか。俺もお前の話よく聞くぜ」
「うわ、何の話されてんの、私」
「別に、返事遅えとか、お前がどこのミルクティーうまいって言ってたとか、面白い洋楽教えてもらったとか、そんな話だよ」
「ならいいけど」
考えてみると、私が向日くんから聞くのも、そんな感じの話ばかりだ。宍戸がガット張り替えてから調子良さそうとか、侑士が相変わらず納豆を認めない、とか。
「そういや、お前、管理事務所になんか用か?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
そうだった。私は迷子だったのだ。忘れるところだった。
「あの、21番コートってどっちかわかる?」
「なんだ、迷子かよ。激ダサだぜ」
「げ、げきださって……」
「仕方ねえから俺が連れてってやるよ。ついて来い」
「はーい」
歩き出した背中に置いていかれない様に、小走りであとをついていく。周りに背の高い人が多いせいで宍戸くんが長身だと思ったことはなかったけれど、思ったより歩幅に差があることに気づいた。だからと言って、何というわけでもないけれど。
「宍戸くんは管理事務所、だっけ、の用事もういいの?」
「ああ、書類出すだけだったからな。もう終わった」
「そうなんだ。お疲れ」
「まあ、今の部長はあんまり頼りにならねえから、仕方ねえよ」
「え、跡部ってそういとこルーズなの?」
「え?」
「ん?」
足を止めて驚いた様な表情を浮かべた宍戸くん。
あれ。もしかして、私、何か変なことを言っただろうか。部長って跡部じゃなかったんだろうか。
いや、俺様が氷帝の部長だってどこかで言ってた気がする。そもそもあの男が部長じゃない姿の方が思い浮かべづらい。何と言ったってあの性格だし。あの物言いだし。あの跡部だし。
「お前、もしかして知らないのか?」
「何を?」
「跡部は今、イギリスに留学中だぜ」
「え、そうなんだ」
そんなに遠くにいたのか。知らなかった。そういえば、向日くんも跡部の話をほとんどしなかった。あれは私と跡部の仲が悪いことに気を遣っていてくれているものだと思っていたけれど、どうやらそうではなかった様だ。確かに向日くんの性格を考えれば、そんな気を使うとは思えないけれど。
「だから今、部長の役は三年に任せてんだけどよ。中学の時は三年間跡部が部長だったから、いまだに慣れねんだよな」
ちょっとだけ苦く笑った宍戸くんの表情の意味は、その三年生への不満だろうか。それとも、跡部がいないと宍戸くんは寂しいのかもしれない。
「宍戸くんは、跡部が部長のが良かった?」
「そうは言ってねえだろ」
「そう聞こえちゃった」
「確かに、長いこと一緒にやってきた分、思い入れはあるけどよ」
「そっか。跡部、元気?」
宍戸くんはすっと私から視線を外して、それからゆっくりと歩き始めた。だから、私も彼に歩調を合わせて歩き始める。
「元気みたいだぜ」
「ふうん」
「跡部のこと、気になるか?」
「え」
宍戸くんの言葉に、私ははっとする。そういう風に聞こえてしまったのか。私は、周りから見ると跡部を意識している様に見えるだろうか。
「違う違う、そういうんじゃないし。なんとなく、ってか、ただの話の流れみたいな」
「そんなに力一杯否定することないだろ」
はは、と笑い声をあげた宍戸くんは、跡部がかわいそうになってくる、などと曰う。あれ。私が一人でバタバタしてるみたいでなんだか恥ずかしくなってきた。
「宍戸くん、からかってる?」
「んなわけねえだろ。それこそ、ただの話の流れみたいなもんだよ」
それから、彼は足を止めて、少し向こうのコートを指差す。その前にはいつもの青学ジャージの姿もいくつか見えた。
「ほら、着いたぜ。あそこが21番コートだ」
「ありがとう。じゃあ、宍戸くんも頑張ってね」
「おう」
きっと大石くんたちに心配をかけてしまっただろう。そう思って駆け出そうとした時。急に後ろから手を引っ張られる感覚。私を引き止めた宍戸くんを振り返ると、気まずそうにパッと視線をそらされてしまった。
「もう、迷子になるなよ」
視線が合わないまま告げられた言葉は、それだけだった。うん、ととりあえずの返事をすれば、手は簡単に離れ、彼は踵を返して道を戻っていく。
本当に言いたかったことはそれで全部だったんだろうか。追いかけて問い詰めるわけにもいかなくて、私も踵を返した。
45 インターハイ編06