スイート・ハイプ!
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「で、どこ行くの?」
「着くまで秘密」
私の手を引いて歩く千石くんは、鼻歌まで歌い出して上機嫌だ。どこかで聞いたようなメジャーコードのメロディを聞き流しながら、私は大人しく彼の後をついていく。バス停は通り過ぎて、大通りをいくらか歩いたところで立ち止まった。視線の先には『クレープ』と書かれたのぼりとパステルイエローに塗られたワゴン。
「クレープ屋さん?」
私が首を傾げると、そう、と千石くんは頷く。
「なまえちゃんはクレープ好き?」
「うん、すき」
「よーし、じゃあ突撃!」
「突撃!」
ついつい乗ってしまった私を、彼は楽しそうに目を細めて見下ろしていた。子供っぽいと思われているのかもしれないけれど、クレープは美味しいから仕方ない。
生クリームとカスタードクリーム、それから、イチゴとラズベリーもたっぷり乗せたクレープを受け取って、ベンチに座る。隣に座った千石くんはオーソドックスなチョコバナナだ。そっちも美味しそう。
「一口食べる?」
「いいの? 千石くん、そう言うの気にならない人?」
「むしろ役得でしょ。どうぞ」
「うわ、聞かなかったことにする。ありがとう」
うわってさあ、と肩を落としながらも私にクレープを差し出してくれるので、そのまま一口かぶりついた。ちょっと遠慮したせいで生地とチョコレートソースの味しかしない。
「それ天然?」
「え、あの、ごめん。バナナまでたどり着けなかったからもう一口ちょうだいって言ったら怒る?」
「怒んない。怒んないからもう好きにして」
「やった、ありがとう」
もう一口、今度はちゃんとバナナまで一緒に食べた。そうそう、こうじゃないとチョコバナナじゃないでしょう。
「美味しい。あ、こっちも一口食べる?」
「うん、ちょうだい」
彼は私の差し出したクレープを受け取って、それから口に運ぶ。あ、そうか。そうすれば良かったのか。通りでちょっと食べにくかったはずだ。さっきの天然ってのはこの話だったのか。うわあ。今更ながら、自分の行動がちょっと恥ずかしくなってしまう。
「こっちも美味しいね、ありがとう」
「どういたしまして」
彼と視線を合わせないようにしながら、戻ってきたクレープを一口。甘酸っぱくて美味しい。
「そういえば、山吹、三回戦進出なんだね。おめでとう」
さっき言いそびれた言葉を改めて言うと、千石くんはまた笑った。私の周りの人は、よく笑う人が多い。
「ありがとう。今度はこっちにも応援きてよ」
「うん、時間合いそうなら行くね」
「うんうん、楽しみにしてるよ」
千石くんは、そう言う。みんなもそう。応援を嬉しいって言ってくれる。私は何かをできるわけじゃないのに。青学のみんなの勝利が決まった時の笑顔も、佐伯くんが負けを語った時の横顔も、きっと泣いていただろう観月くんの体温も私は知っているけれど、でも、知っているだけだ。私にも何かできれば、なんて思えてしまう。
ああ、だからマネージャーと言うひたすら大変な役目を請け負いたいと思う人がいるのかもしれない。そうやって、みんな当事者になりたがるんだ。私も、少しなりたい。でも、少し怖い。
「そういえば、千石くんのところはマネージャーっている?」
「今はいないんだよ、残念なことに」
「やっぱり、いて欲しいと思うものなんだ」
「そりゃ、可愛い女の子が応援してくれればそれだけで毎日の気合いが変わるからね!」
「女の子とは限らなくない?」
「そうだけどさ。もちろん、檀君がサポートしてくれてた時もすごく助かったし、嬉しかったけどさ!」
「はいはい、千石くんは女の子がいいんだね」
「そりゃね。女の子がいいし、欲を言えばなまえちゃんがいいよ、俺は」
「私、マネージャーはしないよ、多分」
多分、しない。多分。でも、ちょっと考えてしまう。マネージャー、か。
「しようよ! 毎日千石くん頑張ってって言うだけでいいから!」
「いや、それはマネージャーなのか」
「いいんだって! 俺はそれだけで満足だよ!」
拳を握って力説する千石くんはどれだけ女の子に応援されたいんだ。すごくキャラを貫いてくるな。こうオープンにされると清々しくさえあるけれど。
「て言うか、私は山吹のマネージャーにはどうあがいてもなれないけど」
「転校という手が」
「ない」
「ですよね」
ちぇ、と唇を尖らせた千石くん。
まあ、私だって考えなくはない。もしもみんな一緒の学校だったら。そうしたら、佐伯くんにも観月くんにも、何かかけるべき言葉が見つかったかもって。
「確かに、一緒の学校だったらよかったのにね」
「え」
「みんな一緒だったら、もっと楽しかっただろうなって」
一緒に喜んで、一緒に悔しがって。簡単な話だったはずだ。
「……そうだね。なまえちゃんならそうなるよなあ」
「何、どう言う意味」
「俺は、みんなじゃなくて俺と同じ学校がいいって言って欲しいの」
「なるほど?」
「いや、それ絶対わかってない顔でしょ」
あーあ、と空を仰いだ千石くん。
分かってるよ。分かっててわかんないフリするんだよ。だって、きっと千石くんのそれは本気なんかじゃないし、だからこそ私に騙されたフリしててくれてるんでしょ。この距離でいいやって、友達でいいやって思ってるの、お互い様なんじゃないの。
「よくわかんないけど、ごめんね」
本当は分かっててごめんね。
内心で呟いて、私も彼を真似て空を仰いでみる。オレンジが混ざり始めた透明なグラデーション。綺麗だなって目を細めた。
不意に重ねられた手。でも、なんだか振り払う気にもならないから不思議だ。
「いいの?」
「手くらい、好きにしていいよ」
「その言い方、好きだなあ」
へらりと作られた笑顔。すき。私に向けられた言葉。水で薄めたみたいに味がなくて、でも私はそれに慣らされて甘やかされているのだ。このまま病みつきになったりしないといいけど。
するりと指が指の間に入ってきて、恋人みたいなつなぎ方に変えられる。横目で盗み見てみると、千石くんは器用に左手でクレープを食べていた。
生温い夕方の気温と彼の体温が混じって、少し熱かった。
44 インターハイ編05