スイート・ハイプ!
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今日は、二回戦まで。三回戦以降は来週になるらしい。
「なまえちゃん、来週も来る?」
おいしょ、とカバンを肩にかけてこちらを見やる菊丸くんの目には期待の色が伺える。
「あ、土曜日は行くよ。日曜日は行けなさそうだけど」
「えー! 日曜日ダメなの!?」
「うん、ごめん」
「俺たち優勝するかも知んないのに?」
「ごめんって。家の用事があるんだよ」
私だって親戚の集まりなんて面倒だけど、逃げられないものは仕方ないじゃないか。ごめんね、と言葉を重ねると、分かったよ、と素直なお返事。
「ちぇ、打ち上げも一緒にできると思ってたのにな」
「こら、英二。みょうじさんをあんまり困らせるなよ」
「困らせてないもん」
つんとそっぽを向いた菊丸くんに、大石くんも困り顔だ。実際のところ、私はそんなには困っていないけれど、菊丸くんが奔放に振る舞って大石くんが諫めると言うのがもはや形式美のようにさえ思えてくるので、私はちょっと困った顔でいる方がいいのかもしれない。
「いい報告、待ってるからね」
とりあえずはフォローのつもりでそう言うと、はは、と大石くんが笑った。
「まず、土曜日に三回戦と四回戦勝たなくちゃな」
「任せてよ、ぜーったい勝つから!」
「菊丸くん、頼もしいじゃん」
よし、そろそろ私も帰らなくちゃ。そうカバンを持ち上げた時。
「みーつけた!」
「うわあ!」
声は、私のすぐ後ろから。私は情けない悲鳴をあげて、ばっと振り返って身構えてしまう。
「そんな、お化けでも出たみたいに驚かなくてもいいのに」
軽やかな笑い声とともに現れたのは、千石くんだった。会うのは久々だけれど、よく連絡をくれるからあまり久々な気はしなかった。相変わらずの調子で、元気そう。
「やあ、なまえちゃん、久しぶり。青学のみんなは都大会ぶり。三回戦進出おめでとう」
「そっちも三回戦に進出したって聞いたよ。おめでとう」
「ありがとう。順当に行けば準決勝で当たるね」
「そうだな。って、俺は出ないんだけどさ」
はっとした大石くんが慌てて付け加えて、苦笑いを浮かべた。
「青学ゴールデンペアと戦えなくて地味’sも寂しそうだよ。また、遊びでもいいから付き合ってやってよ」
「ああ、あいつらとテニスできるの、楽しみにしてるって伝えといてくれよ」
「ついでに、絶対俺たちが勝つって伝えといてね!」
強気な菊丸くんにも、千石くんはわかったよ、とへらりと笑って応じた。それから、こちらに向かってにこりと笑顔を作り直す。
「ところで、なまえちゃん。この後予定ある?」
「ん? 特にないけど」
「じゃあ、ちょっとだけ付き合ってほしいところがあるんだ」
「え、私?」
「大石くん、菊丸くん、ちょーっとなまえちゃん借りるね」
そう言って、千石くんは私の手を取ろうとしたのだと思う。思う、と言うのも、千石くんの手を途中で掴んだ別の手があったからだ。
「何してんすか、あんた」
逆光を背に、光る鋭い視線。海堂くんだった。私が睨まれたわけでもないのに、私の喉からはひえ、と変な声が出てしまう。
「何って、デートのお誘い?」
「お断りだ」
「いやあ、海堂くんにそう言われたところで引き下がれないな」
笑顔のままそう言ってのける千石くんは、なかなかに度胸がある様に思う。私が千石くんの立場だったら、絶対に逃げ出している自信がある。
て言うか、この状況、既視感があるぞ。あれだ。合宿の初日、なんだかこんな感じだった気がする。つまりあの時と同じように、海堂くんは乾から私を預かっているつもりで、守ろうとしてくれているのだろう。
「え、っと」
この場をどう治めるべきかわからず、私は助けを求めて大石くんと菊丸くんに視線をやるけれど、大石くんは苦笑するばかりだし、菊丸くんに至っては少し面白がっている様な表情でさえある。
「あー!」
急にそう大きな声を出したのは千石くんだった。海堂くんが怯んだ隙に、今度こそ彼の手が私の手を取って走り出す。何て古典的な方法。
「なまえちゃん、走って!」
「え、わ、ちょっと待って」
言われるがままに走り出すけれど、千石くんの方が圧倒的に早い。いや、だからまじで待ってってば。
「あ、ごめん」
すぐに気づいて足を緩めたと思ったら、彼はばっと私を抱き上げた。
「いや、違う! 待ってって言っただけですけど!?」
「この方が早いじゃん?」
「いやそうだけど! 下せばか! むり! 恥ずかしい!」
「理由が可愛いから下ろしません」
「何そればか! 千石くんはばか!」
横抱きにされたまま振り返った視界に追いかけてくる人は誰もいなくて、もう何をやってるんだか。
「ねえ、誰も追いかけてきてないってば!」
「聞こえないなあ」
「ばか! ほんとばか!」
肩にかけていた鞄が落ちてきて肘に引っかかって痛いし、千石くんの顔近いし、人の視線が痛いし、落とされるのも怖くて腕を回さなきゃいけないのもなんだか悔しい。
「ほんとやだ、ハゲろ」
「はいはい、ごめんね?」
機嫌を取るように、おざなりの謝罪。やっと下ろしてもらって、彼の笑顔を見上げる。デフォルトで装備されているその笑顔だけじゃ、彼が何を考えているかは分かりそうにない。私はため息をついて、カバンを肩にかけ直した。
***
まだ、遠くで騒ぐ二人の姿が小さく見えていた。
「海堂、追いかけなくていいのかい?」
そう言ったのは大石先輩だから、からかっているつもりはないのだろう。真面目な人だ。
「いえ、そこまでは。それにみょうじ先輩も……、楽しそうでしたし」
「そうだよ、心配ないって」
能天気に言い放った菊丸先輩は、もう少し心配しても良さそうなものだが。彼女と仲が良さそうなのに、そう言うところは心配しないのか。それを言うなら、彼女も彼女だ。少しは警戒すればいいものを。それとも、俺が心配のしすぎなのだろうか。
「そろそろ行くぞ」
少し遠くから乾先輩の声がして、俺は顔をあげた。このままこの場を離れてもいいものかと彼女が消えた方を見やると、そんな俺を見た大石先輩が苦笑したようだった。
「気になるなら、メッセージでも送っておけばいいよ。さあ、行こう」
「……はい」
考えることが煩わしくなって息をつき、先輩たちの後ろについて歩き出す。大石先輩が乾先輩に、みょうじ先輩が千石さんと寄り道すると報告していた。乾先輩の返事はただ『そうか』の一言だった。結局、気にしているのは俺一人らしい。なんでだよ。あの人、一人にしたら危なっかしいの、あんたらも知ってるくせに。
愚痴めいた非難を腹の中で消化しきれなくて、俺は舌打ちを漏らしてしまう。
「なーにイライラしてんだよ」
そうやって絡んでくる桃城の顔を見る気にもならなくて、何も答えず顔を背けた。つまんねーの、って桃城の声。誰が相手なんかしてやるか、馬鹿。
ジャージのポケットに手を突っ込んで、携帯の感触を確かめる。大石先輩はメッセージを送れと言ったけれど、そんなもん送れるはずもない。俺からあの人に何を言えばいいって言うんだ。あの人とのトーク画面なんて、『よろしく』以降、真っ白だって言うのに。
俺があの人に言うべき言葉なんて、まだ一つも見つけられていないのに。
43 インターハイ編04