スイート・ハイプ!
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昨日、美容院に行ってきた。
2センチだけ切って、リタッチしてもらって、それから青のインナーカラーを入れてもらった。自分の髪が揺れるたびに鮮やかな青が流れていく。昨日の私と変わったところといえば髪だけなのだけれど、なんだか全部を新しく作り替えたみたいな気分だ。
玄関を押し開ければ、昨日までの雨が嘘みたいに晴れ渡って暑いくらいだった。今日はきっといいことがある。根拠もなく、そう思えた。
「行ってきます!」
ドアを閉めて駆け出す。待ち合わせの時間まではまだ少しあるけれど、ゆっくり歩きたい気分ではなかった。今日は、初めてテニス部の公式戦を見に行くのだから。
インターハイは今、関東大会だ。今年の全国大会は関西の方でやるのだと聞いていたから、青学が勝ち進んだとしても私が見ることが出来るのは関東大会までだろう。それを考えれば、もっと早くから見に行っておけばよかったな、なんて今更後悔しても遅い。でも、後悔で埋めてしまうのだって早いだろう。
夏は、まだ長い。
待ち合わせの15分前にはバス停に着いてしまったというのに、すでに大石くんもタカさんも揃っていた。額の汗を手の甲で拭って、バス停の影に入る。ほんの少し下がった温度に息をついた。
「おはよう、みょうじさん」
「おはよ、大石くん。タカさんも」
「うん、おはよう」
「てかさ、二人とも、暑そうな格好してるね?」
二人が纏うお揃いの青学ジャージは、きっと合宿の時に乾がプレゼントしたものだろう。二人は私の言葉に顔を見合わせて、小さく笑った。
「こっちの方が感じが出るって言うかさ」
頭をかいたタカさん。私もちょっと笑って、カバンに突っ込んできたジャージを取り出して見せる。
「部外者が着てても怒られないかな?」
「はは、みんな考えることは同じなんだな。いいんじゃないか?」
大石くんは嬉しそうに笑って、頷いた。
「じゃあ、私も着ちゃおう」
「あ、鞄持ってるよ」
「ありがと、タカさん」
「なまえちゃん、カバン重くないかい? 何が入ってるの?」
「え、普通にお財布とか、一応飲み物はコンビニで買ってきたけど、そんなもんだよ」
「あ、ちゃんと熱中症対策してるんだ」
「へへ、偉い?」
うん、偉いね、と笑うタカさんに、ちょっと驚いた顔の大石くん。
「二人とも、いつの間にか随分仲良くなったんだな」
「そうかな」
首を傾げるタカさんだけれど、私には大石くんの気持ちがわかる。合宿の時よりずっと気軽に話せるようになったし、私はタカさんって呼ぶし、タカさんはなまえちゃんって呼ぶ。なまえちゃんって呼び方は多分菊丸くんが始めたもので、いつの間にかタカさんにも伝染していた。多分、というのはいつからなのか誰も覚えていないからだ。なんとなくそうなっていてた。それだけ。でも、そうやって少しずつ友達らしくなっていくことが私は嬉しい。
「うん、仲良くなったみたい」
素直に頷けば、大石くんは優しく笑って、ああ、と頷く。
「そうか、俺もなんだか嬉しいよ」
嬉しい。それは大石くんの大事な人たちを思う言葉で、とてもとても優しい言葉だ。だから、大石くんがそう言ってくれることが私も嬉しい。こんな風に嬉しいが増えていくのは、なんだかすごいことに思えた。
***
木々に囲まれ街と隔たれた会場にはずらりとコートとが並んでいて、聞けばアウトコート、というのは外に作られたコートのことらしいけれど、それだけで22面もあるのだそうだ。行き交うユニフォームを纏った人たちは、お祭りみたいな高揚感と受験会場みたいな緊張感に満ちていて、私は味わったことのない独特の空気に落ち着かない。
青学の試合のあるという10番コートの前にたどり着くと、すでにたくさん人が集まっていた。
「お、こっちこっち!」
私たちに気がついて大きく手を振ってくれたのは桃城くんで、駆け寄れば待ってましたよ、とにっこり笑う。
「あれ、みょうじ先輩、髪」
「あ、これ?」
「青っすね」
「うん、青学カラーだよ」
「へえ、気合入ってんじゃないっすか!」
バンバンと容赦無く背中を叩かれ、思わずうわ、と声が出てしまうけれど、気がついてもらえて嬉しかった。そう、私の気合なのだ、この色は。
「おい、桃城、みょうじ先輩が困ってんだろうが」
背を叩く手をつかんで止めたのは海堂くんで、鋭い視線を桃城くんに投げかけている。
「ああ?」
「聞こえなかったか、やめろつってんだよ」
「先輩にならともかく、お前に言われる筋合いねえんだよ」
にわかに剣呑になった雰囲気。私はどうしよう、と視線を巡らせるけれど、大石くんとタカさんは苦笑するだけで止めるつもりはないらしい。
「いつものとこだから、放っておいていいよ」
「いいのかなあ」
「大丈夫さ。掴み合いになったらそろそろ止めるタイミングかなってところ」
「なるほど?」
いいのだろうかと思わないでもないのだが、彼らと付き合いの長い大石くんがそういうのならいいのか。いいということにしておこう。
「あっ、大石、タカさん、なまえちゃん!」
大きな声で私たちを呼んだのは菊丸くんだった。パタパタと駆け寄ってきた彼の後ろには、乾たちの姿も見える。
「調子どう?」
「もちろんバッチリだよん」
ビシッとブイサインで答えてくれた菊丸くんは、申告通り調子が良さそうだ。
「油断するなよ」
「わかってるってば。大石は心配しすぎ!」
「そう言って、すぐ調子にのあるからなあ、英二は」
「だーいじょうぶだって!」
不満そうに頬を膨らませてもなんだか嬉しそうだから、菊丸くんと大石くんは本当に仲がいいと思う。
「やあ、賑やかだね」
後ろから滑り込んできた声は、佐伯くんのものだった。その横にはいっちゃんも立っている。二人に会うのはとても久しぶりに思えた。
びっくりしたけれど、そういえば関東大会なのだから、千葉の人たちもいて当たり前なのかと納得する。
「二人も応援に来てくれたの?」
不二くんが問えば、いっちゃんが頷いた。
「いい試合、期待してるのね」
「ああ、任せてくれ」
乾が眼鏡のブリッジを押し上げて、にやりと笑う。一気に賑やかになった空間に、私は合宿を思い出してしまう。だけど、そうじゃない。ここからは、一度負けたら道が途絶えてしまう舞台の上なのだ。
私はまだ始まっていない試合を想像して、コートの方に視線をやった。
40 インターハイ編01