春のおはなし(全16話)
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「でさ、観月はどんな服着てきたと思う? 紫の薔薇の柄のシャツだってよ」
岳人は想像つかねー、と首を傾げている。彼は観月を馬鹿にしているわけではなく、純粋に想像がつかないと言った様子だ。部活終わりに部室で彼のおしゃべりを聞くのはいつものことだったが、今日はいつにも増してよく口が回る。
「しかも、みょうじが言うには似合ってたんだってさ。マジでって思うじゃん」
「せやなあ」
「写真見たかったよな。みょうじ、なんで撮っとかねえんだよ」
「俺も見たかったわ」
「だろ?」
俺の同意に、水を得た魚のようにああだこうだと話始める岳人。
「まあ、跡部もたまによくわかんない服着てたけどな。なんか紫のひらひらの襟のシャツとか」
「そういや、あれも似合っとったといえば似合っとったわ」
肩を竦めて、苦笑いする。跡部が聞いていたらどう言っただろうか。
あの男は合宿が終わると直ぐに、颯爽と自家用ジェットでイギリスへと戻っていってしまった。ずいぶんと忙しく過ごしているらしいが、何かにつけて顔を見せるものだから、あまり遠くへ行ってしまった感覚はない。俺などから見れば、自家用ジェットがあるからと言って日本とイギリスをそうひょいひょい行き来できるものだろうかと思ってしまうが、彼はそれを軽々とやってのける。考えてみれば、知り合った頃からそういう男ではあったのだが。
「で、肝心のデートの内容はどうだったん?」
「さあ? ケーキうまかったって」
「そんだけかいな」
「まあ、行く前も散々デートじゃねえって否定してたし、そんなもんなんじゃねえの?」
まるで女子のように念入りに制汗剤を振りまいていた滝が、不意にこちらを顧みた。
「本当にそう思ってる? 女の子って、なんかあった時にこそ言わないものじゃない?」
「はあ!? なんかって何があったって言うんだよ?」
「異性には言いづらい事とか」
『言いづらい事』を想像してみて、途端にあれやこれや飛躍していく思考。いや、まさか。観月とみょうじさんが?
「……なあ、岳人。夜にはライン来たって言うとったよな」
「おう」
「せやったらセーフやろ」
「いや、セーフってなんですか。どんな想像したんですか」
日吉から飛んできた冷たい視線に、苦笑いを返す。日吉のやつ、興味なさそうな顔をしながらちゃんと聞いてたのか。
急に、がん、と打ち付けるようにロッカーの戸を閉める音が響いた。
「俺は先に帰るぜ」
そう言った宍戸は、憮然とした顔。わかりやすく気に入らないと態度で示している。俺たちの返事も待たずに部室を出ていった彼を、宍戸さん、と追いかける鳳はいつものことと、横目で見送った。
「俺も帰ろ」
ふあ、とあくびを噛み殺して立ち上がったジローも、いつもよりずっと身支度が早い。
「途中で寝んなよ」
「うん、大丈夫。じゃあね~」
岳人の言葉に気の抜ける笑顔で手をふった彼の胸中は読み切れないけれど。
「なんや、ややこしいことになりそうやな」
思わずため息をつく。インターハイの最中に部活内で修羅場なんてごめんだ。いや、彼女との物理的な距離がある分、滅多なことになるとも思えない、思いたくはないが。そもそも奴らとて、何かはっきりした感情があるわけではあるまい。漠然と、彼女のことが気にかかっている程度に見える。見えるだけ、と言われてしまえばそれまでだが。
「跡部はどんな顔するかな。来週香港でパーティーがあるんだけど、そこで跡部に会うことになりそうなんだよね」
しかし、滝はこの件を放っておく気はないようだから、さて、どうなることやら。
「滝、程々にしとき」
滝は俺の言葉には答えず、ただ柔らかな笑みを一層深くする。口元に当てた指には、彼の自慢の爪がきらりと光っていた。
***
なあ千石、後輩たちも順当に勝ち進んでいるから激励に行ってやらないか。
昼休みの南の言葉だ。元部長らしく、真面目で頼り甲斐のあることこの上ない。俺も檀君たちに会いたくなって、二つ返事で了承した。東方たちにも声をかけ、放課後、部活を少し早く切り上げて中等部へ向かう。
懐かしいコートの中、懐かしいデザインのジャージでボールを追いかける後輩たちを眺めて、伴ジィから称賛とも嫌味ともつかないありがたい言葉をいただいて、後輩たちを励ましに来たはずが頑張ってくださいと励ましてもらったりして。相変わらず山吹はいい学校だな、なんて思いながら、ファーストフードに寄ってみんなと飽きることなくテニスの話をしていた時。
ふと見やると、俺の隣の席の檀君は携帯をみてにこにこしていたから、おや、と思う。
「もしかして、亜久津から連絡でも来た?」
「いえ、亜久津先輩は滅多に返事くれないです」
彼の尊敬するかつての部活仲間の名前を出せば、檀君は寂しそうに表情に影を落とした。
実を言えば、俺もちょっと寂しい。そりゃ、亜久津と言う男は善人と言うわけではないし、もちろん乱暴で悪いやつでもあった。でも、あれでいて面倒見が良いところもあったし、何より頼りになって、なんとなくカッコよく見えてしまう男だったのだ。かく言う俺も彼が無免許で単車を乗り回す姿に憧れて、高校に入ってすぐ免許を取ってしまったほどだ。本人に報告したら、事故ったら笑ってやるよ、と一蹴されてしまったけれど。
俺が亜久津のことを思い返しているうちに、檀君は元の笑顔に戻って、取り繕うように口を開く。
「今来たメッセージはみょうじさんからですよ。山吹の皆さんにもよろしくって書いてあるです」
「へえ、俺もまたなまえちゃんにラインしてみようかなあ」
他愛ない話にも毎回律儀に返信してくれる彼女のトーク画面を開いて、今日はどんなメッセージを送ろうかなと指を彷徨わせた。と、檀君が千石先輩、とちょっと迷ったような歯切れの悪い調子で俺を呼ぶ。
「どうしたの、檀君」
「みょうじさん、その、観月さんといい雰囲気みたいなので、あんまり邪魔したらダメですよ?」
「え!?」
「嘘だろ!?」
「本当か!?」
檀君の言葉に驚いたのは俺だけじゃなくて、地味’sも一緒だったようだ。そんなはず、と目をぱちくりさせている。
「本当ですよ。観月さんとみょうじさん、合宿でも仲良しだったし、帰ってからも二人でケーキ食べに行きましたし」
うんうんと自分の言葉に頷きながら、檀君は続ける。
「僕も誘われたけど、なんとなくお邪魔な気がして断ったんです」
あの二人、そんなにいい雰囲気だったっけ。いや、何かあるならむしろ芥川君か乾君なのでは、と思っていただけに、俺にとって檀君の話は青天の霹靂だ。
「いや、みょうじさんは大石と仲が良かったように見えたけどな」
南はうーん、と低く唸って、檀君の言葉に納得が行っていない様子だ。いやいや、大石君だって? そっちだって俺の知らない話だ。
「菊丸の自己申告だけど、菊丸も仲いいって言ってたぞ」
東方がそう言うと、南があれは菊丸がそう思ってるだけだろ、と首を振る。何それ、菊丸君がかわいそうだけど、どう言うことなんだろう。
「俺は手塚さんだと思いますけど、賭けます?」
肘をついてシェイクのストローを指で弄びながら、室町君は自信ありげに口元をあげた。
「じゃあ、俺は大石にかけようかな」
「南がそう来るなら俺は菊丸……はなさそうかな。そうだなあ、青学だし不二とか?」
「東方、もう当てずっぽうじゃん」
俺が笑えば、東方は真面目な顔で、案外ありそうな線だろ、なんて曰う。確かに不二くんは女の子に人気があるには違いないけれど。
「檀君は観月くんに賭けるのかい?」
「千石先輩、賭けるなんて、みょうじさんに悪いですよ」
「まあまあ。本当にお金賭けるわけでもないし。雑談だよ、雑談」
「じゃあ、一応観月さんってことにしておくです」
まだ納得いかない雰囲気のまま、檀君はうなずいた。これで、賭けていないのは俺だけか。
「で、千石は誰にする?」
案の定こちらに話を振ってくる東方に、俺はとびきりの笑顔を向けてやる。俺の答えは一個しかない。
「もちろん、俺に賭けるよ」
俺に集まった視線が一気に冷めていくのを感じた。いつものやつかって言う雰囲気。そうだよ、いつものやつ。俺はいつも本気なんだ。
「見ててよ。この賭け、絶対俺が勝つからさ」
伊達にラッキー千石を名乗ってはいない。きっとどこかで偶然彼女に再会できるし、チャンスなら巡ってくるはずだ。それを物にできるかは俺次第なんだろうけど。一斉にそれはない、とかなんとか、否定の言葉が飛んでくるけれど、気になんかならなかった。
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