合宿編(全22話)
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幸村くんと一緒に仕事を終わらせて、緒方さんたちと一緒に中庭に向かう。
今日のお昼は、最後の食事だからとバーベキューを用意してくれたのだそうだ。近付くにつれてお肉の焼けるいい匂いが漂ってきて、私はついつい浮き足立ってしまう。その様子を見て幸村くんがクスクス笑うので、少し恥ずかしかった。
中庭で一番初めに迎えてくれたのは、河村くんだ。シェフさんたちを手伝っているのだろう。まだ火の通っていない野菜の乗ったプレートを両手に4つ、器用に乗せている。
「やあ、みょうじさん、幸村。いらっしゃい! あ、じゃなくて、お疲れ様」
「河村もお疲れ様」
優しく笑った幸村くんに続いて、私も河村くんに小さく手を振った。
「お疲れ様。お皿いっぱいだね、手伝おうか?」
「実家の店の手伝いで慣れてるから大丈夫。それより二人も早く食べないと、すぐになくなっちゃいそうだよ」
「ご実家、飲食店なんだ?」
「確か、寿司屋だっけ?」
幸村くんの言葉に、河村くんはうん、と頷いて照れ臭そうに笑う。それで、さっき『いらっしゃい』と言う言葉が出てしまったのか。
「二人も、今度食べにきてよ。幸村はちょっと遠いかもしれないけど」
「うん、いつかお邪魔したいな」
「私も遊びに行くね」
板前姿の河村くんを想像して、ああ、似合いそうだなあ、とぼんやり考えた。そして、彼が実家を手伝うために部活をやめた話を思い出して、ジャージだってよく似合ってるのに、何だか勿体無いな、なんて。そんなことを言ったら困らせてしまう気がして、言葉にはできなかったけれど。
私は、自分を見下ろしてみる。私は、このジャージが似合っているだろうか。自分では、よく分からない。でも、乾がくれたこのジャージは、合宿が終わってもタンスに大事にしまっておくことになるだろう。そんな予感がしていた。
***
私はみんなほどたくさんは食べられなかったので、早々に食事を終えて端の方へ移動する。
気を利かせてくれたシェフさんがオレンジを絞ってくれたので、今はそのフレッシュジュースを片手に楽しそうなみんなを眺めていた。何だか、贅沢な時間だった。
私の隣では、千石くんが死んでいる。正確に言えば、ダウンしている。どうやら、乾特製ドリンクの犠牲になってしまったらしい。
「なまえちゃん、もういいの?」
のそり、と半身を起こした千石くんは、まだ少し辛そう。乾はすごい兵器を作り出してしまったものだ。
「うん、お腹いっぱいになっちゃった。千石くんは食べないの?」
「俺は、うん、今はいいかな」
「乾のこと、後で一発ひっぱたいといてあげよっか」
私の冗談に、彼は怖いなあ、と楽しそうに笑った。
「ね、乾くんひっぱたく代わりに、俺のお願い一個聞いてよ」
「なに?」
「今携帯持ってる? 連絡先教えてほしいなー、なんて」
だめかな、と言う言葉とは裏腹にいそいそと携帯を取り出す千石くんは、私が断るとはちっとも思っていないらしい。別に教えたっていいけど、少し慌てた顔が見たくなってしまう。
「やだ」
「え、なんで! 教えてくれないと、飛んで行けないじゃん! 俺たち約束したじゃん! ね、ね、教えてよ!」
「うーん」
「あ、なんなら俺の連絡先教えるから、気が向いたら連絡してくれるだけでもいいし! それならいいでしょ!」
「いいよ、教える」
「お願い、って、え」
「うん、だから、連絡先教えるよって」
「……なまえちゃん、俺のことからかってるでしょ」
大きく肩を落として、眉を下げて情けない顔。想像通りの反応に思わずクスクス笑いが漏れてしまう。
「ごめん、つい」
「意地悪なんだから」
「千石くん、リアクション芸人なんだもん」
「俺、芸人枠かあ……」
とほほ、なんて、古い漫画でしか見たことないようなつぶやき。いじめすぎちゃったかな。
「で、連絡先、交換してくれるんでしょ?」
私も携帯を取り出し、QRコードを表示させて、はい、と千石くんに向けると、彼は途端に顔を上げて、うん!と元気のいいお返事。そう言うところが面白いって、自覚があってやってるわけじゃないのか。
コードを読み取ってもらって、携帯を引こうとした途端。ひょいと私の携帯が奪われてしまう。
「俺も教えてもらっていいだろう?」
当然、と言わんばかりに言い切ったのは、柳くんだった。私の返事を待たずに、私の携帯の画面に自分の携帯をかざす。
「やだって言ってももう遅いやつじゃん。別にいいけど」
「いいなら、素直にどうぞと言えばいいものを」
彼はこちらを見ないまま、小さく口の中だけで笑った。
だって、と文句を言いかけた私の声を遮ったのは、あー!という大きな声。
「僕も! 僕もみょうじさんの連絡先教えて欲しいです!」
葵くんがお肉の乗ったお皿を両手に持ったまま、そう言って身を乗り出してきた。すると、六角の面々が俺も、と続いて、その様子に気がついたみんなが、じゃあ俺も、と私の携帯は人から人へ。当の私が口を挟む隙は、もうなくなってしまった。
「ありゃ、大変なことになっちゃったね」
あはは、と笑ってソーダに手を伸ばした千石くんは、完全に他人事だ。
「怪しい人に連絡先渡る訳でもないから、まあ……」
私は諦めて、みんなを眺めながらオレンジジュースをストローで吸う。冷たくて酸っぱくて、それからちょっと甘い。
「俺だけじゃないのは、ちょっと残念だなあ」
「思ってもないくせに」
「思ってるってば」
「はいはい、じゃあ思ってるね」
「ねえ、なまえちゃんって俺にだけ意地悪じゃない?」
拗ねた様子の千石くんは、ストローの端を、ほんの少しだけ噛んだ。小さな子供みたい。
「……友達、だからじゃない?」
意気地なしの私には、勇気のいる言葉だった。だって、二日前に会った人だ。たくさん話した訳じゃない。でも、彼は私との関係を途切れないように繋ごうとしてくれたのだから、友達と呼んだって許される気がした。
数秒、空白があった。もしかして、気に障っただろうか。じわりと、ネガティブな予感が胃にのしかかってくるような感覚。さっきまで、気安く冗談を交わしていたのに。
「友達、かあ」
「ごめん。馴れ馴れしかったよね」
「え、あ、違う違う! そうじゃなくてさ、ほら、俺、一応男の子だから」
「だから?」
「……ほら、これだよ! 全然意識されてない感じ!」
もう、と不満そうに私の額を小突く千石くん。別に、私のこと好きでもなんでもないくせに、意識しろって言うのか。したところで、どうなるって言うの。結局、私たちは友達でいいのか悪いのか、よく分からない。自分から誰かを友達なんて呼ぶの、私にとっては大きなことだったのにな。
でも。
「今は友達でいいけどさ」
「私はずっと友達がいい」
「秒でふるのやめてよ、意地悪!」
泣き真似を始めた千石くんが面白くなってしまって笑えば、彼もクスクス。ほら、やっぱり私たち、友達じゃん。そういうことに、しておいてよ。
私は返ってこない携帯を探す気にもなれずに、彼の隣で笑っていた。
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