合宿編(全22話)
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大石くんと橘くんと一緒に冷却スプレーを数えて、そのまま一緒にお昼ご飯を食べた。わざわざ私のテーブルのところまでやってきて、今日も一緒に食べたかったのに、と言ってくれた葵くんが可愛かったので、後で乾にでも話してやろうと思う。後輩って不思議とヨシヨシしたくなる生き物だ。
午後に入ってからはコートへ行って記録と測定のお手伝いをすることになった。スコアの付け方なんて分からないからどうしようかと思ったけれど、私に手渡されたのはビデオカメラ。スコアの方は手の空いてる選手がつけてくれるらしい。
合宿所の建物を出ると、朝よりも厳しくなった日差しに迎えられる。
フェンスの手前では、氷帝の滝くんと宍戸くんが緒方さんたちからスコア表を受け取っているようだった。と、私の視線に気づいたのか滝くんがこちらへやってくる。大丈夫、氷帝怖くない、と自分に言い聞かせて、滝くんと向かい合った。
「みょうじさん、今日は記録係?」
「うん。定点だから私はほとんどやることなさそうだけど」
「そっか。使い方、わからなかったら聞いてね」
「滝くん、カメラ詳しいの?」
「特別詳しいわけじゃないけど、そのカメラうちの部で使ってるやつだから、だいたいわかると思うよ」
「そっか。じゃあ、わかんないことあったら聞きに行っていい?」
「ふふ、もちろん」
滝くんは綺麗な顔をしていると思うけど、それだけじゃなくて笑い方がとっても綺麗だ。うらやましいなあ、なんてアホみたいに見上げていると、宍戸くんもやってきて、ああ、青学のマネージャーか、と呟いた。
「あ、ごめん、私マネージャーじゃない」
「え、違うのか」
驚く宍戸くんとは対照的に、滝くんはなんでもない顔で肩を竦める。
「乾の友達で、わざわざ手伝いに来てくれてるんだよ」
「滝、お前なんで知ってんだよ」
「初日に跡部が言ってたけど」
「そうだっけ?」
全く記憶にないとでも言いたげな、不思議そうな顔をした宍戸くんは、ふとこちらに視線を向けて、それから少し申し訳なさそうな表情を作った。
「悪いな」
「気にしないで。ジャージこれだし、普通そう思うよ」
乾からもらった青学ジャージには、きちんと『TENNIS CLUB』と刺繍が入っている。そりゃあ、誤解もしようというものだ。
「話聞いてなかった俺が悪いだろ。つーか、今日だいぶ暑いけどそんなの着てて大丈夫か?」
「え、あ、うん。大丈夫」
確かに宍戸くんのいう通り少し暑いのだけれど、このジャージは私がここにいていいんだという証明書のように思えるから、着ていたかった。我ながらめんどくさい考え方だ。
ぎゅっと裾を握ってどんな言い訳をしようか考えるけれど。
「宍戸、女の子は日焼けとか、気にしなきゃいけないことが多いんだから」
「へえ、そういうもんか」
私があまり追求されたくないことを知ってか知らずか。滝くんの言葉に宍戸くんは不思議なものを見るような目で私を見ていた。いや、そこまで日焼けは気にしてないけど。
宍戸くんを見上げれば目が合って、数秒。なんとなく視線を逸らしにくくてそのままに見上げていると、不意に目をそらされる。ちょっとだけ変な感じ。くすぐったいような、気まずいような。
「まだ春だからって油断して熱中症になるなよ」
ぽすり。
被せられたのは、宍戸くんのかぶっていた帽子だ。
「これ、」
「貸してやる」
言って、彼はぐい、と帽子のつばを押し下げて、私の視界を閉ざしてしまった。
「またな」
手が離れた感覚がしたから、私は帽子をかぶり直す。そうしてひらけた視界には、もう背を向けて歩き始めてしまった宍戸くんがいた。ありがとう、と声を大きくして呼びかけると、彼は振り返らないまま手をあげて奥のコートへ消えていった。なにそれ。かっこいい。
「宍戸もやるねー」
クスクス笑った滝くんは私に向き直って、にっこりと笑みを作り直す。
「少しときめいちゃった顔?」
「からかわないでよ、滝くん」
「ごめんごめん。でも、宍戸はいいやつだよ」
「そう、なんだろうけど」
そんな、オススメです、みたいに言われたって困るだけだ。
滝くん、とちょっと恨みがましく呼んでみるけれど、彼は意に介したふうもなく。
「俺としては跡部のことだって応援してあげたいけどね」
「宍戸くんはともかく、跡部のあほの名前は聞きたくないです」
「あーあ、嫌われちゃったなあ」
「ていうか、あのチューは腹いせみたいなものなのでは」
滝くんの言い方だと、跡部のあほが私のことを憎からず思っているみたいじゃないか。私が思い返してみる限りそんな感じはなかった。絶対あいつ、私のこと嫌いだと思う。私だって嫌いだからお互い様だ。
「どうだろうね」
意味ありげに笑う滝くん。その顔は面白がってる顔だろう。
「滝くんて実は意地悪?」
「ふふ、ごめんね?」
綺麗な顔で、小さく首を傾げて、優雅に目を細める。この人は自分の容姿が良いことを理解してやってるに違いない。美人ってずるい。別にいいけど、と答えるしかできないじゃないか。
宍戸くんの帽子のつばを下げて、滝くんの綺麗な顔を視界から遠ざけた。帽子、早速役に立ったよ。ありがとう宍戸くん。
緒方さんが私を呼ぶ声。頑張って、と背中を押してくれた滝くんに手を振り、私は踏み出した。
14 合宿編15