合宿編(全22話)
Name Setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
早めに目が覚めたとはいえ、なんだかんだしているうちに時間が来てしまった。急いで支度して朝食に向かう。今回は青学の面々と平和に、少し慌ただしく朝食を終えて、緒方さんのところへ向かった。
今日はまず健康チェック表の入力から始まったけれど、2回目ともなれば要領も掴んですぐに終わった。
それから午後の練習試合用に記録や測定用の機材をコートへ運ぶ。量は多いがカートがあるから大した仕事ではない。それに、観月くんが手伝ってくれている。昨日は彼と壇くんが運んでくれていたらしい。タオルをたたんで以来顔を見ていなかったけれど、知らないうちに手伝ってくれていたようだ。
「観月くんは案外働き者だね」
「案外とは失礼ですね」
「あれこれ指示する方が好きかと思って」
「僕は指示も雑用も、必要な分だけするのが好きですよ」
「なるほど、効率中毒か」
「もっといい言い方はないんですか。少しは語彙を増やしなさい」
「うん、気が向いたらね」
全く君は、と文句を連ね始めた観月くん。観月くんのこれが怖くなくなってしまったのは、慣れというやつだろうか。昨日会ったばかりなのに、不思議な話だ。まあ、観月くんの根がいい奴であることはわかりやすく伝わってくるので、不思議でもないのかもしれないが。
「お、お二人さん。午後の用意か。大変やな」
前から廊下を歩いてきたのは忍足くんだ。そうだ。昨日どっかで関西弁が聞こえてきたなと思ったけれど、彼は関西弁で話すんだっけ。氷帝のジャージに昨日やら今朝のいろいろな記憶がよみがって、私は思わず観月くんの後ろに隠れた。
「何してるんですか」
ため息をつきつつも、そのまま立っていてくれるから観月くんはやっぱりいい奴だ。
「あれ、もしかして、俺嫌われとるん?」
戸惑ったような忍足くんの声。申し訳ない気持ちにもなるが、安全地帯から出ようという気にはならなかった。
「忍足くん、あなた何したんですか」
「観月、濡れ衣や。昨日は挨拶くらいしか話とらんで」
「あのね、忍足くんじゃなくて氷帝がトラウマなんだよ」
観月くんから少し顔を出してそう言えば、忍足くんは困ったような顔で笑みを作る。
「跡部のせいやんな」
「跡部のあほのこともそうだけど、樺地くんも私のこと担いで運ぶし、芥川くんもあれだし」
「あれ?」
「あの、あれ。遠慮がなさすぎ」
朝起きたら同じベッドにいました、なんて言ったらあらぬ誤解を受けそうなので、少し濁しておく。すると何かを察したのか、忍足くんは苦い表情で眉間を抑えた。思い当たる節はありそうだ。あれが普通だって千石くんも言ってたし。
「なるほどな。樺地はともかく、跡部とジローには俺からも言って聞かせとくわ」
「うん、頼んだ」
「ほんなら、ちゃんと顔見せてくれへん?」
「私はここでいいよ」
「俺はこわないで?」
そう言ってひょいと覗き込んできた忍足くんの顔があまりにも近かったから、私はぎゃ、と可愛くない悲鳴をあげてしまう。慌てて観月くんを盾にして、また忍足くんの視界から逃れた。
「逃げることないやん」
「やだ、なんか怖い、忍足くん怖い」
「こわないで、なんもせえへんから」
「こないで助けて観月くん」
観月くんの周りをぐるぐるする私たち。何も言わない観月くんだけど、眉間のシワはどんどん深くなっていく。
あ、やば。
「いい加減になさい!」
怒声が廊下に響き渡る。きんとした耳を思わず抑えた。
「そこにお座りなさい、いいから早く! 二人ともなんですか、子供みたいに! みょうじさんに至ってはこの僕を巻き込むなんて言語道断ですよ! そもそも、僕たちは正式でないにしろ合宿という名目でここにいるんです! きちんと自覚を持って行動してほしいものですね!」
廊下の端に正座させられた私と忍足くんは、教師よろしく指を突きつけてお説教を始めた観月くんにぐうの音も出ない。おっしゃる通り。
「あんな、観月」
「忍足くん、反論は後で聞きます」
「ほんまに後で聞く気あるんかいな」
「お黙りなさい」
この通り、口を挟もうとすれば火に油を注ぎかねない状況だ。ここは嵐が去るのを待つしかないだろう。忍足くんのせいだからね、という意味を込めて彼の腕を肘でつつけば、軽くやり返された。私のせいじゃないもん。忍足くんがしつこくしたのが悪いんだもん。睨んでまたつつけば、何が面白かったのか彼は声を抑えてクスクス笑いながらまたやり返してくる。私も楽しくなってしまって、さらにやり返す。
しかし。
「何が楽しいんですか、二人とも?」
にこり、と美しく微笑んだ観月くんが嫌に恐ろしく見えた。
「ごめんなさい」
「すまん」
私と忍足くんの声が重なって、観月くんつまらなそうにふん、と鼻を鳴らす。
「まあいいでしょう。反省はしたようですから、罰として機材は二人で運んでくださいね」
「なんで俺まで」
「忍足くん、何か言いました?」
「わかったわかった。運べばええんやろ」
私は初めからそのつもりだったからいいけれど、忍足くんは飛んだとばっちりだ。肩を落としてカートに手をかけた彼に、同情の目線を向ける。
彼は後ろに立つ観月くんから見えないように、そっと彼を指差して、口パクで私に何かを伝えようとしていた。ええと、じょ、お、う、さ、ま? あ、女王様か。
「ぷ、ふふ! あはは!」
気が付いた途端、耐えきれなくなって思わず吹き出してしまう。
「みょうじさん、真面目に!」
「ふふ、ちが、あの、忍足くんが!」
「言い得て妙やろ?」
「そうだけど、ずる!」
「二人とも、ま、じ、め、に!」
「はーい」
「はいはい」
「みょうじさん、返事は伸ばさない、忍足くん、返事は一回!」
観月くんの何度目かの怒声に私と忍足くんは顔を見合わせてちょっとだけ笑った。
観月くんと忍足くんは大変かもしれないが、私はこの廊下が長いことに少し感謝してしまう。だって、ちょとだけテンションが上がってしまって楽しくなってしまったんだ。たまにはこういうのもいいかなって、そう思う。
不意に忍足くんの手が私の髪の先をふわりとさらって、何事かと思って見上げると、彼はこちらを見ないまま楽しそうな顔。後ろを振り返ってみると、観月くんだって少し笑っていた。
なんだ、3人とも楽しんでるんじゃん。私も遠慮なく楽しい顔をしていいんだ。私も笑って、カートを押す手に力を込める。
みんなが待つ賑やかなコートは、もうすぐそこだった。
12 合宿編11