夏が翻る
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「今日も、幸村くんにふられた……」
ショートホームルームが始まる前、机に突っ伏した私の頭を優しく撫でたのは我が親友だった。
ここ数日の幸村くんはマシュマロがお気に入りらしく、私が口を開こうとする度にマシュマロを口に突っ込んでくる。今朝なんて、おはようすら言えなかった。もし体重が増えていたら幸村くんのせいに違いない。
「ほんと懲りないね、あんたも」
「いやだって、他にどうしろって言うの」
「あきらめるとか」
「それは、やだ」
「まったく仕様がない子」
彼女が苦笑するのが気配で分かる。
「それなら何か打開策が必要かもね」
「打開策かあ」
「お前に今必要なのは、インパクトだ!」
耳に飛び込んできたのは、聞き慣れたソプラノではなかった。はっと顔をあげれば。
「丸井くん!」
彼は勝ち誇ったように口の端を上げ、私を見下ろしている。
「やることが地味だから、印象に残らないんじゃね?」
「そ、そうかも……」
確かに、私は好きだ好きだと繰り返しているだけなのだ。何度も同じことを言われたところで、慣れていくだけなのかもしれない。丸井くんの言うことにも一理ある、気がする。
「じゃあ、丸井にはいい案があるの?」
友人の期待に満ちた視線に、丸井くんはふ、と下を向く。
「いや、ねえけど」
「使えない」
「おい、お前だっていい案ないんだろぃ!」
「まあ、そうだけど」
そして、沈黙。
ううん、たとえば私だったらそんな告白が嬉しいだろうか。私の場合、幸村くんだったらどんな風に言われたって卒倒するくらい嬉しいに違いないけれど。逆に、他の人だったらどんな状況で言われたって響かないに違いない。
あれ。
それってつまり、幸村くんが私のことを好きじゃないってだけの話になってしまうか。考えていて悲しくなってきたので、ちょっと考え方を変えてみることにする。
「じゃあさ、丸井くんだったらどんな告白がぐっとくる?」
「はあ? なんで俺に聞くんだよ?」
「やっぱり、男の子の意見をと思いまして」
「別に、放課後の教室、とか、普通が、いい、かな」
言ってて恥ずかしくなったのか、丸井くんはそっぽを向いてしまった。しかし、そうじゃない。
「普通じゃだめだったから聞いてるんだよ! 恥ずかしがってないで建設的な意見ください!」
べしり、私の後頭部を叩く友人。
「なまえ、声大きいってば。丸井、あんたもなんでそんなに照れてんの。なに想像してんの、やらしい」
「ばっ、べ、別に何も想像してねーよ!」
「いやいや、ちゃんとシチュエーション想像してくれた方がいいんだけど!」
「あー、もううるせーな!」
べしり。丸井くんからも叩かれた私は、痛む後頭部を抑えた。これ以上ばかになったら、どう責任を取るつもりだ。丸井くんの無駄に整った顔を恨みがましく睨みつけながらも、考えるのは幸村くんのことだった。
幸村くんがびっくりしてくれるような、インパクト。インパクトのある告白、かあ。
「あ、じゃあよ、屋上から叫ぶとか? 昔そう言う感じのバラエティあったよな」
ぽつり、と丸井くんがこぼした案に、私は思い切り首を振る。
「むりむりむり! そんな全校生徒の前で、みたいなの無理! それに、そんなことしたら幸村くんに迷惑かかるよ」
「じゃあ、他にいい案あんのかよぃ」
「ううん、なんかこうね、例えばメールとかラインみたいに、相手の都合が悪くてもメッセージを受け取ってもらえるような方法ないかな?」
「アドレス、流すか?」
くるり、と丸井くんが手の中で弄んだ携帯。私にとっては魅力的な提案ではあるが。
「本人の了承無しにそれはまずいでしょ」
我が友の冷静なご意見、ごもっともです。
「……あ」
私の目に留まったのは、机の横にかけられたスケッチブックだった。私の親友たる彼女は美術選択なので、今日の5時間目の選択授業に使うのだろう。
「ね、いいこと思いついた! これ貸して!」
「いいけど、何に使うわけ?」
「それはですね……」
説明して行くごとに曇って行く友人の顔。そして輝いて行く丸井くんの顔。
「いいな、それ!」
「でしょ! これだったら、幸村くんにだけ伝えられて、かつインパクトもあると思うの!」
「じゃあ、放課後だな」
私は丸井くんに力強く頷き、どうなっても知らないからね、という友人の言葉を聞かなかったことにした。きっとこのくらい突飛なことをしなければ、幸村くんの記憶には残れない。
そうして、私たちは放課後に向けて準備を始めたのである。
***
部活は、すでに引退の時期だ。顔出さなくなった3年生も多い。
とはいえ、大学まで一貫校の立海大では、受験というものが他の学校より重くのしかかる環境ではない。入院していた間のブランクを少しでも埋めたい俺にとっては、ありがたいことだった。
9月に入ってからは部長の肩書きはすでに後輩に任せ、メニューもある程度自由にさせてもらっている。コーチやコート、設備を借りているようなものかもしれない。もちろん、その分後輩の指導だって引き受けるし、部への貢献だって忘れていないつもりだけれど。
放課後、一通りのメニューを終えて、少し休憩しようとベンチに腰を下ろした。
いつだって変わらない活気のあるコートを見回して、思わず口の端が上がるのを感じた。部活はいい。テニスはいい。俺には、これさえあればいい。
そんなことを取り留めなく考えていた時だった。
「ミロヨ、ナンダアレー」
棒読みの台詞。怪訝に思いながらも、振り返ると丸井が非常階段の方を指差していた。視線でたどってみるとそこには。
『す』
そう、大きく書かれたスケッチブックを掲げる女の子。少し小柄な彼女はたぶん、みょうじさん。ぴょんぴょん飛び上がって、自分の存在、否、スケッチブックを主張している。
す?
何なんだ、と呆気にとられていると、みょうじさんの隣にいた友人らしき女の子が彼女をひじで突っつき、みょうじさんは慌てた様子でスケッチブックをめくった。
『き』
それから。
『す』
さいごに。
『で』
「……すきすで?」
日本語になってない上に、最後の『で』に至っては逆さまだ。まあ、言いたいことは分からなくはないけど。いや、わかるからこそ、なんというか、言っては悪けれど、面白い。
あ。
だめだ、耐えられない。
「ふふっ、あははははは!」
限界がきてしまって、俺はとうとう笑い出す。不可抗力だから、許してほしい。誰の目から見たって、この状況は面白いに違いない。証拠に、俺の隣にいた仁王だってものすごく笑っているし、柳生だって柳だって笑いをこらえている。
「なにやってんだ、あいつ……」
俺の隣では丸井が頭を抱えていた。なるほど、丸井もひとくち噛んでたらしい。最近やたらとみょうじさんの話題を俺に振ってくるから、何かあるのだろうとは予想はしていたけれど。
「ふふっ、ああ、もう、なんであんなに面白いんだろう」
彼女なりに一生懸命なのは分かる。一生懸命なところがかわいいなと思わなくもないのだけれど。もう、面白い以外の感想が思いつかない。
「丸井、これ考えたの誰?」
興味本位で聞いてみれば、しばらくあーだのうーだの言っていたけれど。
「みょうじ」
結局、そんな簡潔な答えが返ってきた。
「へえ」
予想通りと言えば予想通りか。
「幸村君、怒んねえの?」
「何に?」
「俺が、その、みょうじに協力してたこと、とか?」
「まあ、余計なことしてくれたなとは思うけど」
正直に言った途端、さっと青ざめる丸井の顔。どうやら、勝手なことをしたという自覚はあるらしい。とはいえ、俺に丸井を咎めるつもりはない。
「今回は、面白かったからいいよ。それに、丸井とみょうじさん、友達なんだろ?」
「え? ああ、まあ、友達だけどよ」
俺だって、友人が恋をすればきっと協力したいと思うから。丸井の気持ちだって、分からなくはないのだ。
「さて、そろそろ練習を再開しようか」
もう一度非常階段を見やれば、みょうじさんは手すりに体重を預けて、隣の友人と話を始めたようだった。自分の失敗に気づいているのかいないのか、何やら真面目な表情。あ、友達に頭叩かれた。
漫才なのかコントなのか。本当に、飽きない子だ。
そうだ。明日の朝、彼女に会ったらなんて言おうか。いつものごめんねか、それとも面白かった、の方がいいだろうか。彼女は、なんて言ったらいつもと違う表情を見せてくれるだろう。
時間はたくさんあるから、ゆっくり考えよう。
08 スーパーインパクト!