夏が翻る
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「あんた、馬鹿なんじゃないの」
友人の言葉に容赦は一切ない。ざくりといい音を立てて私の心臓に突き刺さった。
お昼ご飯を食べながら、今朝の顛末を語った結果である。
午後に入ったばかりの教室は人でいっぱいだけど、たくさんの笑い声が飛び交う中で、端に座ってヒソヒソ話す私たちの会話を気にする人などいないようだった。
「いや、だって」
「だってじゃないでしょ。相手はあの幸村だよ?」
「幸村くんだけど、すきになったらいけないなんて決まりない」
「なにその言ってやったみたいな顔。好きになるなって話じゃないの! 告って断られたのに食い下がるとこが問題なんだってば!」
ぺしり、と優しいチョップが私の後頭部を叩く。
「でも、気持ちを疑われるのは悔しいよ」
「それでも、脈がないなら傷つくのはあんたの方でしょうが」
これでも心配してるんだからね。
そんな彼女の小さな呟きは、私を優しい気持ちにさせた。私は本当に友達に恵まれていると思う。
「ありがと」
お礼の気持ちを込めて、彼女のお弁当箱の中にそっとだし巻き卵を入れてやれば、しょっぱい、甘いのがいい、そんな文句が返ってきた。もちろん、それが素直じゃない彼女の照れ隠しだということは言うまでもないことだけれど。
ふと、足下に何かがあたる感触。見下ろしてみれば、テニスボールがひとつ。
「悪りぃ、当たっちまったか」
「ううん、大丈夫」
ばつが悪そうに声をかけてきたのは、真っ赤に髪を染めて、少しだけ制服を着崩した男の子。丸井くんだった。
彼も幸村くんと一緒の、あのテニス部員で、大層な人気者だ。以前はわけもなく苦手に思っていたのだけれど、同じクラスになってみれば気さくで割と話しやすい人だった。
はい、とボールを拾って彼に渡せば、サンキュ、と軽い調子のお礼が返ってくる。彼は手の中で器用にボールをくるりと回して弄んだ。そんな丸井くんを見上げて、友人がふと呟く。
「そういえば、丸井もテニス部だったか」
「も、って?」
「な、なんでもないよ! ね!」
しっかり友人の声を拾ってしまった丸井くんに、慌てて私が取り繕うも、時既に遅し。
「なんだよ、こそこそすんなよ」
「別になんでもないって!」
「そう言われると、逆に気になるだろぃ」
怪訝な顔で追求されてしまう。
丸井くんに悪意があるとか、丸井くんが悪い人だと思っているわけではないが、誰彼構わず話せる内容でもない。
「あんた素直すぎ……」
あきれた声が隣から聞こえた気がしたけれど、元はと言えばあなたのせいですよ、我が親友よ。
「あ、そういやみょうじ、今朝、幸村君と一緒にいたよな」
「えっなん、な、なんで知ってるの!」
彼の予想外な発言に、私はいよいよ平常心で入られなくなる。
確かに、もう学校近かったけど、まさか見られていたなんて。いや、本当に偶然会っただけなのだから隠すようなことでもないはずだけれど。
「ふうん?」
にやにやといやな笑い方を始めた彼。完全に察している顔である。
一方、少し考えるようなそぶりを見せていた友人はと言えば。
「ちょっと丸井そこ座って」
示したのはすぐ隣の椅子。もちろん彼女の椅子でも何でもないのだけれど、持ち主はこの場にいないからいい、のだろう、たぶん。
丸井くんは素直に着席して、机に肘をつく。柔らかそうな髪をふわりと揺らして、大きな目をパチリと瞬きさせた。
友人はそれを見て満足そうに頷き、口を開く。
「丸井、あんた協力してやってよ」
「え?」
「は?」
私と丸井くんの声が重なる。
「なまえ、ちょっと馬鹿だけど、いい子だよ? わりと真面目だし、見てて面白いし。変な女があんたんとこの部長の彼女の座に納まるよりいいでしょうが。どう?」
自信満々と言った風の彼女の言葉に、開いた口が塞がらない。何を言っているんだ。これでは私が幸村君をすきだと言ったようなものじゃないか。いや、すでにばれてはいたのかもしれないけど!
「な、なにいってるの! 丸井くん、気にしないでね、ほんとなんでもないから! なんでもないんだよ!」
「こらなまえ、よく考えなさい! あんたと幸村の接点なんて無いに等しいんだからね! どうやってアピールする気なわけ? その点、丸井がいれば大きく前進でしょうが」
「そ、それはその通りだけど! でももうふられてるし、彼女なんて大それたこと考えてないんだよ!」
「それにしたってなんか接点あるに越したことないでしょ」
「いや、でもさ……」
確かに、私と幸村くんに繋がり何てこれっぽっちもないのだ。私が目的を遂げるには、多少卑怯でも丸井くんを利用するべきなのだろうか。
ちらりと丸井くんを見やれば、彼もまたこっちを見ていて、観察してくるような視線は、正直居心地が悪い。
「何、私の可愛い親友に文句でもあるの?」
「えっ、えっ、今私のこと可愛いって言いました? 普段あんまり褒めてくれないのに!」
「うるさい、あんたは黙ってて」
当事者であるはずの私を一喝すると、友人はどうなの、と丸井くんに詰め寄った。完全に置いてけぼりな私。
そしてマイペースな丸井くんは少し首を傾げ、自然な動作でタコさんウィンナーを口に運ぶ。
「あ、これうまい」
「いや待って、それ私のお弁当。っていうか話聞いてる?」
「ちょっとくらい、けちけちすんなよ」
もぐもぐと私のお弁当を咀嚼する丸井くんのペースは尋常じゃなく。
「ちょっとどころかもう私のお弁当空じゃん! うさぎさん林檎楽しみにしてたのに!!」
「うさぎさんて、幼稚園児かよぃ」
何か泣けてきた。主に自分が情けなくなってきた。
私は一体何をしてるんだ。丸井くんに幸村くん好きなことばれちゃうし、丸井くんにお弁当食べられちゃうし、なんか机にケチャップついてるし、きっとつけたのまるいくんだし。
あれ、だいたい丸井くんが原因だぞ。
「もうやだ、まるいくんやだ……」
「泣き真似すんなよ、仕方ねえな。みょうじが本気なら、協力してやったっていいぜ。で、みょうじ、幸村君のこと本気なわけ?」
「本気って……」
本気で好きか、と聞かれているんだ。思わず顔が熱くなるのを感じる。私は体育座りの体勢のまま、膝に顔を埋めた。いやいや、今更何をためらうんだ。昨日も、今朝も、本人に言った言葉だ。他人に言うのなんて、どうってことない、はずだ。
「す、すき! だいすきだよ!!」
思いがけず、教室に大きく響いた声に私ははっと口元を抑えた。
「声が大きいよ」
友人のあきれた声に、ごめん、と呟いて顔をおおう。ああ、穴があったら入りたい。
「確かにみょうじ、おもしろいな」
半分笑いながら言う丸井くんの言葉は、絶対褒めてなんかない。褒め言葉なのかもしれないけど、馬鹿にされてる気しかしない。
「もう何も言わないで、丸井くん」
「あ、でも幸村君にバレたら怒られるか、ううん」
さっきから、丸井くんは人の話しを聞かないな。何と言う自由人なのだ。
しばらく丸井くんは悩んでいたようだったが、煮え切らない彼の態度に、ああもう、と友人がしびれを切らす。
「男のくせに、女々しいよ、丸井。ラ・シュークルのケーキおごってあげるから!」
「交渉成立」
駅前のカフェの名前が出た途端、丸井くんの目が輝き、我が友の手をがしりと取った。
まるで悪魔に魂を売った哀れな子兎である。
03 うさぎたちの簡単な法則