夏が翻る
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飽きもせず、今朝も幸村くんに好きですと告げ、今朝もごめんねと笑顔で断られ、それでも、いい天気だね、なんて定型文の世間話にさえ嬉しくなって大きく頷いた私。
今日は幸せな1日のスタートを切ったはずだったのに、昼頃からひどい頭痛と戦う羽目に陥ってしまった。
どうやら、風邪をひいてしまったらしい。
***
授業をなんとか聞き流して、今日は非常階段に寄らずまっすぐ家に帰ることにする。フワフワとした足取りで下駄箱まで辿り着いたときだった。
「みょうじさん、ちょっといいかな?」
「え? あ、はい」
声をかけてきたのは、3人組の女の子。
可愛らしくゆるいパーマの髪を垂らした女の子を真ん中に、気の強そうな、キラキラした爪の女の子2人。スクールカーストの上位に輝いているであろう彼女たちは、自信に溢れていて魅力的だ。
その背中をぼんやり眺めながら着いて行くと、裏庭に着く。いつか、私が幸村くんに告白した場所だ。あの時とは違って、もうすっかり夏は抜け落ちて、秋の冷たい風が吹いていた。
「えっと、何か用かな?」
正直なところ、今すぐ返ってお布団にダイブしたいのだが。
「幸村君のことなんだけど」
「この子、小学校の頃から幸村君のこと好きだったんだよ」
「そうなんだ」
この子、と示された真ん中の彼女を見やりながら、私は生返事を返す。話が、見えない。
「だから、軽い気持ちで幸村君にちょっかい出すのやめてほしいの。この間の、スケッチブックのみたいなのとか」
「ていうか、みょうじさんと幸村君じゃ、ちょっと、ね?」
クスリ、と一人から笑みが漏れる。
釣り合わない、って言いたいのか。そりゃ、私は自分が特別可愛いわけじゃないって自覚はある。
「ごめんね、みょうじさん。呼び出しとか気分悪いだろうけど、私、私どうしても耐えられなくて……」
言って、ほろほろと涙を流し始めたのは、真ん中に立つ彼女。確かに可愛い子だ。幸村くんの隣に並んだら、さぞ絵になるのだろう。
でも。でもね。
「私も、他人の気持ちに振り回されるのは耐えられないよ。だから、お互い様だと思う。ごめんね」
お互い、他人のために引けるくらいなら、今頃こんなことしてないだろう。そういうことだ。
「ごめんって言えば何でも許されてると思ってんの? 丸井君まで利用して、卑怯じゃん!」
「そうだよ、ちょっとは周りの気持ち考えなよ!」
途端に、私を攻める言葉を並べ立て始める彼女達。きっと、真ん中の女の子のことが大事なんだろう。
「そもそもみょうじさん、幸村君のどこが好きなの? 顔だけで判断しないでよ」
「そういうの、幸村君にも迷惑だよ」
投げつけられた言葉に、私は息を飲んだ。
彼女たちの言う通りだ。
私は結局、幸村くんのことをよくわかっていない。わかってなんか、いない。
真田くんみたいに彼を信じていない。柳くんみたいに彼の表情の裏を読むことなんてできない。丸井くんみたいに彼と笑い合うことだってできない。彼の顔が綺麗だと、かっこいいと思うことだって事実だ。
でも、でもね。
黙った私に、納得したと思ったのだろうか。そう言うことだから、と告げると、彼女達は校舎へ戻って行く。真ん中の子はまだ泣いていて、他の2人は彼女を気遣っているようだった。友達に愛されてるんだなあ、あの子。きっと、いい子なんだろう。
ああ、頭がくらくらする。壁に背を預けても、ちっとも楽になんてならなかった。
「お前さん、何で言い返さんかったんじゃ」
独特のイントネーション。どこのだか分からない、ふしぎな方言。
「仁王、くん」
木の陰から唐突に現れた彼に少し驚いたけれど、大きくリアクションを取る余裕はなかった。銀色に輝くほどに脱色された髪が、彼の動きに合わせてふわりと揺れる。
「幸村に何度振られてもめげなかった女とは思えんのう」
覗き込んできた彼はからかうような口調だけど、不思議といやな気持ちにならなかった。さっきの会話を見られていただろうことも分かったけれど、別に責める気にもならない。
「割と、図星だったし」
「そうか」
くっ、と喉で笑う仁王くんは、とても様になっていてかっこいい。でも、私は真っ赤になることはないし、私の心拍数が上がることもない。
ほら。
やっぱり、幸村くんは私の特別なんだ。そう思ったら、少しだけ安心した。
「仁王くんは、幸村くんのどこがすきですか」
働かない頭からひねり出した言葉は正しく伝わらなかったのだろう。仁王くんはこれでもかと言うほど顔を歪めた。男前が台無しである。
「お前さん、自分でなに言っとるか分かっとんか?」
「友達なんでしょ? 幸村くんのすきなとこ、教えてほしいの。参考までに」
仁王くんは怪訝な視線を緩めて、少し考えるそぶりを見せた。
「あえて言うなら、テニスがうまいとこじゃな」
「なるほど。他には?」
「特に思いつかん」
「なんという。幸村くんに告げ口していい?」
「やめんしゃい。五感をうばれるんはもう勘弁」
さっきのは尊敬しとるって意味じゃ、と慌ててハンズアップしながらも、仁王くんは楽しそうだった。だから、私も釣られて少し笑う。ていうか、五感奪われるってなんだ。テニス部でどんな罰ゲームが流行ってるんだ。
「怖いね、幸村くん」
「ああ、怖い男じゃ。あれのどこがいいんか理解に苦しむ」
「そうだねえ」
どこがいい、なんて、具体的な言葉は見つからない。けっこう毒も吐くし、素っ気ないし、やたらとマシュマロを口に突っ込んでくるし。
でも、すきなのだ。
おはようの挨拶さえさせてくれない意地悪も。花壇に向かったまま振り返らない背中も。テニスコートで一人見えない何かに立ち向かうような視線も。完璧なふりをして、年相応に笑う彼も。それらは理由にならずとも、ただ愛しいものとして私に刻まれていく。
ふわり、視界が滲んで黒く染まって行くのを感じた。
仁王くんが何か叫んだ、気がした。
大丈夫、そう答えようとして、それは叶わず。
私は意識を手放した。
16 すきの境界線