短編
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「あっつ……!」
しぬだとか、とけるだとか、ばくはつするだとか。不穏な言葉が、セミの声と一緒に小さな部室の中でぐるぐるしていた。ガタガタ、扇風機が回る音もうるさい。剣太郎はアンティークだね、なんて笑っていたけれど、ただのオンボロだ。いつ止まったっておかしくない。
いい加減、うんざりした気持ちになって俺は部誌から顔を上げる。
「なまえは大袈裟なんだよ」
どこぞでもらってきたのだろう派手な広告のついたプラスチックの団扇を片手に、彼女はだるそうな表情のまま眉を寄せた。靴下を脱ぎ捨てた素足、セーラー服をはためかせるたびにのぞく胸元。色っぽいと思わないでもないが、それよりもだらしなさが先に立つ。
なまえの飾らないところを気に入って付き合い始めたとは言え、これではため息も出ようというものだ。
「バネは暑くないの?」
「あちいけど、昨日もこんなもんだったじゃねえか」
「うん、一昨日もその前も。そういや去年も暑かった。だからこそ耐えられないんじゃん。部室にクーラー設置しよ。うん、そうしよ」
「うちにそんな余裕あると思うか」
言えばなまえは視線だけでこの小汚い部室を見渡し、ごめん、ない、と小さく呟いた。
「なっ」
「そこ胸はるとこじゃないよ。あ、サエ生徒会じゃん。サエの権力で部費増えないかな」
「無理だろ」
「ちぇー、何のための副会長だ」
「テニス部のためだったら驚くわ、ばか」
くだらないやりとりに笑ってふと顔を上げると、視界に入ったなまえの顔が心なしかいつもより赤いことに気がついた。もしかしたら、暑気でもはいってしまったのだろうか。
「なまえ、図書室ならクーラーあるぞ。そこで待ってろよ。後で迎えに行ってやるから」
「バネ、やさしーね」
けらけらと笑い声をあげたなまえは、ふと団扇で扇ぐ手を止めて。
「でも、いいよ」
静かにそう呟いた。
「何でだよ」
「何となく」
「何だそれ」
「いいんだってば」
「暑いんだろ、無理すんな」
「うん、暑いけどさ」
めずらしくはっきりしないなまえに首を傾げる。俺とおなじで、回りくどいのは嫌いなのだと思ってたのに。
「理由、あんなら言ってみろ。言わなきゃわかんねえだろ」
察してやれるほど、聡くはない。
彼女は少し言い淀んでから、小さな声で。
「もうすぐ部活引退じゃん。そしたら、部室でバネと話すのもあとちょっとじゃん」
だから、もったいない気がしたの。
そう言って、ふいと視線を逸らした。視線の先には、乱雑にものが積み上がった小汚い、見慣れた、いつもの部室。
「なまえ」
呼べば、どこか不安そうな顔で彼女はこちらへと向き直る。不安そう、ではなくさみしそう、だろうか。
「引退してもまた遊びにこれるだろ」
たぶん遊びにこれる時間だって有限なのだろうけど。
いまはまだ、それ以上先のことなんて考えられないし、分かりっこない。
「そうだね。また、遊びに来ようね」
「おう」
ふわり。
なまえがこっちに向かってうちわを仰ぐ。汗の引かない首筋を撫でたそれは、酷く心地よかった。お礼の意味を込めてくしゃりと頭を撫でてやれば、彼女が照れたように笑う。俺の好きな笑い方。可愛いと思う。気の利いた表現なんて思いつかなくて、ただただ可愛いと、それだけ。いや、あともう一つ。俺となまえを隔てる机が邪魔だと、そんなことも思うけれど。
そうだ、帰りは手を繋いで、アイスでも食べよう。
今一緒にできることを、たくさんしよう。
悩んでいた空欄に『特になし』と書き付けて、俺は部誌を閉じた。
いつもと変わらない、でもきっといつかは消えてしまう、そんな夏の日のこと。
とめどないある日
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