短編
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「……さむ」
財前くんが、空を見上げて呟いた。
私は彼の息が白く滲んでいくのを目で追って、そうだね、と面白みのない返事を返す。会話が続く事はなく、何となく気まずい沈黙。ため息を飲み込んで、私は財前くんをちらりと盗み見る。
壁にもたれて、詰まらなさそうに携帯に目を落とす彼。大きめのセーターの上から真っ黒な学ランを無造作に羽織って、マフラーに顔を埋め、耳元にはピアスを光らせていた。涼やかなその目に、表情が浮かぶ事はない。
私も手持ち無沙汰になって、くるりと手の中の携帯をもてあそぶ。
財前くんは、私の友達の部活の後輩である。つまるところ、他人か、よくて顔見知りと言った程度の仲だ。ならばどうして並んで校門に突っ立ているのかと言えば、少し複雑だ。
まず、友達、謙也という名前なのだが、彼は私と放課後、ゲーセンに行く約束した。それから、謙也が部活で財前くんとの賭けに負け、善哉を奢る約束をさせられた、らしい。謙也曰く、不可抗力だったらしいが、先約だった私との約束を反故にするのも気がひけると。だから、三人で行こう、と。謙也はそれが一番楽なのかもしれないが、私と財前くんはひたすら気まずい。
そんな所に気が回らないのも、謙也らしくて笑えるのだけれど。
「えっと、謙也、遅いね」
「そっすね」
「何してるんだろうね」
「そっすね」
「暇になっちゃったね」
「そっすね」
「寒いね」
「あー、ですね」
会話に、なって無い気がする。
「えっと、財前くん二年生だっけ?」
「はい」
「そっか」
こういうときはなんて言えば良かったんだっけ。あ、あれか。
「……学校、楽しい?」
「近所のおばちゃんか」
「だ、だって」
君がまともに返事してくれないからでしょうが。
言おうと思って、けれどムキになるのはあまりにも子供っぽい気がして私が口を閉ざしたと同時。くすくす、隣から笑い声が漏れた。
「な、何?」
「だって、なまえさん面白いから」
「え」
「テンパってるし、百面相だし」
「か、からかってるでしょ」
「からかってます」
悪びれるでもなく、また、くすくす。さっきまで無表情だったくせに。
「何だろう、この敗北感」
「あ、来よった」
言われて顔を上げれば、遠くに手を振る謙也の姿。
「もうちょい遅くても良かったのに」
「へ?」
「なまえさんは謙也さんに早く来て欲しかったんすか?」
「え、だって」
どうにも見下すような彼の視線に、私は言葉を失う。どういう意味かなんて、迂闊に聞いちゃいけない気がしてしまう。
「ま、ええですわ」
よいしょ、と面倒そうに壁から背を離した財前くんに、私も続こうとした時。くるりとこちらを振り返った彼が、一歩私に近づいた。近くなった顔に、ああ、まつげ長いな、なんて思う。
すると、彼は私のコートのポケットに何かをねじ込んで。
「ないしょですよ」
右耳のすぐ傍でそう言った。ふわりと彼の前髪が私の頬をかすめて行く。
それから、何事もなかったかのようにきびすを返した背中を眺めながら、私はポケットの中に手を突っ込んでみた。カサリと音を立てたセロハンの感触が、冷えきった指に伝わる。キャンディ、だろうか。
「ないしょ、か」
何だろう、右耳が無性にくすぐったい気がする。何だろう、どうしよう。
ああ、何だか悔しい。
私はその感覚を振り切るように、走り出した。
ささめく右耳
指先の行き先に続きます。
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