短編
Name Setting
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
指先がチリリと痺れるような二月の真夜中。
誰かが捨てたタバコの吸い殻を踏み越えてたどり着いたコンビニは青白いライトに照らされていてた。明るピンクのポップが踊るのに、人が少ないせいかいやにがらんとしているみたいに感じる。暖房と冷蔵庫の味気ない機械音だけがゆっくりと響いていた。
客は私と、もう一人。
「げ、丸井」
思わず喉から漏れた短い音を慌ててしまおうとしても、もう無駄だった。きっと目の前に立つ彼に届いてしまっただろう。
「げって酷くね? そんな顔するほど俺のこと嫌いなのかよ」
素直に『傷つきました』と顔を歪めたのは去年クラスメイトだった男だ。名前は丸井ブン太。ジーンズにダウンジャケットを羽織った姿が、なんだか見慣れない。そう言えば、こうして話すのも久々だし、私服姿なんて初めて見るかもしれない。
彼はアイスに伸ばしかけた手を翻して、パシリと軽く私の頭を叩いた。
「痛い」
「うるせー、俺の心臓の方が痛いんだよ!」
「はいはい、ごめんね。会えて嬉しいですよ」
実際、嘘ではなかった。彼と教室で他愛ない話で盛り上がったり、ちょっとした言い合いをしたりするのは楽しかった。ただ、久しぶり会った姿がすっぴん眼鏡で部屋着姿というのは、どうにも決まりが悪いだけ。そんな私のこころのささやかな機微が、この男に伝わるはずもないだろうけれど。
「棒読みやめろって」
「もういいから、アイスどれにすんの。私、順番待ちしてんだけど」
うやむやにしてやろうと急かしてみれば、彼はほんの少し指先を彷徨わせてピノを選んだ。ひょいと流れるような動作でそれを私の手元のカゴに放り込む。
「ねえ、何してんの」
「慰謝料もらっとこうと思って」
へへ、と子供のように笑う彼にため息がでる。こいつは私がこの笑い方に弱いんだって知っててやって見せているのだろうか。ああ、もう、確信犯め。許さん。その笑い方、可愛いから許すけど。
私は迷った挙句、ローカロリーをうたうバニラアイスをカゴに放り込んで、それからドリンクコーナーへ移動した。丸井は後からついてきて、暇そうにブラブラとあたりを見て回っているようだった。
「てかさ、みょうじ、こんな時間にうろうろしてんなよ」
「いや、なんか寝付けなくて」
「ふーん、緊張してるとか?」
「多分、昼寝しすぎたせいだと思うけど」
「ばっかじゃねーの」
「おい、否定できないからやめろ」
私の言葉に、はは、と彼が声を上げて笑う。なんだろう。ちょっと懐かしくて楽しい。丸井が半年前からちっとも変わらないからだろうか。真っ赤な髪も、明るい笑い方も、素直な物言いも、話すときにちゃんと目を合わせてくれるところも。背だけは、少し伸びたかな。
会計を済ませてコンビニを出て、おごらされた悔し紛れにピノを投げつけてやれば彼はなんでもないように綺麗にキャッチした。
「じゃあね、精々アイスと気温の寒さに震えろ!」
「お前もアイス買っただろい」
「あーあー聞こえない、早く帰ってゆっくり寝ろ、バーカ!」
「優しいのか優しくねえのかよく分かんねーな」
「優しいじゃん、アイス奢ってあげたじゃん!」
「アイスっていうか、さ」
彼は不意に手の中の赤い箱に視線を落として、言葉を濁す。唇からもれる息が、藍色の空気に白く滲んで消えていった。
「チョコだと思っていい?」
え。いや、思いたいなら思えばいいんじゃないのか。何言ってんの丸井。思いついた言葉たちを声にする前に、丸井がずい、と携帯の画面を差し出した。見ると、そこには00:05と時間が表示されている。
「日付、変わったから」
「え、あ、もうそんな時間か」
「おう」
「……早く家帰んないとだね」
「それだけ?」
「え、何、言いたいことあるならはっきり言ってって」
丸井は苛立った表情で、私をじっと見ていた。
なんだっていうんだ。日付が変わるとアイスがチョコに変わるのか。そんなことあるか。ピノはピノだ。私はピノをアイスだと思っているが、ぶっちゃけどっちでもいい。
「あー、もういい! 来月覚悟しとけよ!」
「はあ!?」
「じゃあな、気をつけて帰れよバーカ!」
丸井こそ、優しいのか優しくないのかよくわからない捨て台詞だ。さっさと走って帰っていく彼を見送りながら、私はため息をついた。なんなんだ、せっかく久しぶりに会えたのに。私は嬉しかったのに。
私ももう帰ろう。思って、改めて自分の携帯で時間を確認して、青白い液晶に浮かぶ日付が二月十四日であることに気づいた。振り返ったコンビニののぼりには『バレンタインフェア』の文字。
あ。
だから、チョコだと思っていい、なのか。だから、来月覚えてろ、なのか。
私は来月を楽しみにしていていいってことなんだろうか。
「ちょっと、期待しちゃうよ」
ああ、少しはチョコらしいチョコ買えばよかったな。そんな後悔に、つい視線はコンビニへと戻る。ラッピングされたのあるかな。あったとして、どんな顔して渡そうか。教室、違うのに。話す機会なんてあるかな。今日みたいに自然に笑えるかな。あいつは笑ってくれんのかな。
不安ばっかりの癖に足は焦ったように勝手に動いて、自動ドアが私を迎える。そして、私の指はたくさんのパッケージから、選んだんだ。
わざとらしいくらいたくさんのハートマークに彩られたチョコレートを。
真夜中は甘い味
2/20ページ