短編
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平等院、って十円玉みたいな名前。そういやあのお寺、中学の時の修学旅行で行ったな。てかさ、あの人、本当に同い年なの。怖い顔。目なんか合わせらんない。誤解? そうかな。よくわかんない。だってあんまり学校来ないじゃん。嘘、モテんの? そんな話、聞いたことないんだけど。
これは、数日前に私が友達に向かって言ったセリフ。これで終わりなら良かったんだけど、実はもう一言だけ、続きがある。『私の彼氏の方が数百倍かっこいいよ』って。
今日思い出すと、なんて浮かれた答えだったんだって笑える。まじで笑える。だって、私、その数百倍かっこいい彼氏にあっさり振られちゃったんだ。
『ごめん。別れて』
手元の携帯に写っているのは、そんな短いメッセージ。返信もできずに携帯を握りしめてボロボロ涙をこぼしている私は、とっても惨めだ。ああ、早く返信しなきゃ。いいよって別れようって、何でもないフリしなきゃ。余計に惨めになっちゃう。思っても、私の指は送信ボタンを押せない。
西日が眩しくて、私はカーテンを乱暴に引っ張った。それから、また自分の机に戻って携帯を見つめる。ああ、どうしよう。もう見なかったことにして家に帰ってしまおうか。
逡巡しているうちに、教室の扉が音を立てた。私は思わず顔をあげて、そうしたことを後悔した。驚いた顔で私を見る平等院くんがいたから。
数秒、沈黙が流れる。
けれど、彼はふん、といかにも横柄に鼻を鳴らし、教室へと踏み込んだ。遠慮ない足取りで私の近く机までやってくると、その中からノートを取り出してカバンへと放り込む。
「泣いてんのか」
粗雑に投げられた言葉をうまくキャッチできずに、私は口籠った。
「泣いて、ない」
おかしな返事だったかもしれない。泣いてんのなんて見ればわかる。それでも、薄っぺらな虚勢を崩してしまえば私が全部崩れてしまうみたいで他の返事ができなかった。
「泣いてんじゃねえか」
彼は口元を皮肉っぽく笑みの形に歪めて、鋭い視線で私を見下ろす。キラキラ、彼の金色の髪が光を反射して、遮断したはずの西日を思い出させた。私、馬鹿にされてるのかな。
「いいじゃん、別に」
何でもいいじゃん。なにも言わないでよ。私が泣こうが、喚こうが、どんな駄々をこねようが、あの人はもう私のラインに返事をしないし、もう別の女の子の手を握っているかもしれない。だから、もう放っておいて。支離滅裂な思考がまた涙腺を刺激して、私の目から涙がホロリと落ちて、机を濡らした。
「くだらねえな」
平等院くんのその言葉が何を指していたのか。彼が私の手から携帯を取り上げたときに、私はようやく気づく。
「あ、何」
「ほらよ」
投げ捨てるみたいに返された携帯の画面には『てめえは尻軽女のケツでも追っかけてろ』と書かれていた。なにこれ。なにこれ。既読もうついてるし。嘘。返事なんて当然来ない。て言うか、尻軽女ってなに。
「もういいんだろうが」
いいんだけど。もういいんだけど。
ボロボロ涙が溢れて、今度はどうにも止まらなくて、私は平等院くんを見上げたまま動けなくて。
「でも、だって、あいつ、馬鹿だったけど、歩くときペース合わせてくんないのやだったけど、長い話するとすぐ飽きて聞いてくれないのむかついたけど、でも」
でも、好きだった。
そう言う前に、ぐい、と平等院くんの指が私の涙を拭った。乾いた、ざらざらした指だったし、力加減なんてなくて、ほっぺたが痛い。なんて大きな手なんだろう。簡単に私の頭を掴んで握り潰しせてしまえそう。
「お前の話は聞くに耐えんな」
「ごめん」
「泣き顔は見るに耐えん」
「ごめん、ごめんね」
涙は止まらなくて、私は幼稚園児みたいにしゃくり上げ続けた。彼の指は諦めることなく何度も私の頬を行き来してく。
「俺は女の慰め方なんぞ知らん」
「なに、慰めようとしてたの」
「もののついでだ」
ノート取りに来るついでってこと? なにそれ。無視していけばいいじゃん。いつも興味なさそうな冷たい目で教室眺めてるの、知ってるよ。それなのに、今更。
ふと、見上げた表情が少し困ったように歪められていることに気づいた。平等院くんがそんな顔できるなんて、知らなかった。そうしてると、いつもよりちょっと幼く見える。なんか、高校生みたいじゃん。高校生なんだけどさ。急に普通の同級生みたいな、そんな顔されたって私も困る。
「平等院くん、変な顔」
「人のことを言えた義理か」
「どーせブスだよ」
「くだらん。一生そうしていじけているつもりか」
「なにそれ、いじけてない」
私は彼を睨んだ。精一杯、強そうな表情を作った。多分、上手くできてなんかいなかったけれど。
「ふん、少しはマシな顔になったな」
彼は満足そうに笑う。なにそれ。なにに満足したの。全然わかんない。平等院くんって宇宙人みたい。
ぐい、と彼の大きな指が私の頬を擦った。痛い。でも、なんだか目が覚めるみたいな感覚。
「世界は広いぞ。男なんぞ吐いて捨てるほどいる。せいぜい次は甲斐性のあるやつを選ぶことだ」
例えば、平等院くんみたいな?
なんて、馬鹿な考えが浮かんだ。これじゃあ、尻軽女は私だ。ああ、でも、だってさ。いつの間にか、涙止まってるし。平等院くんのおかげじゃん。
「そーだね、ありがとう」
彼は私のお礼を聞く気はないとでも言うように踵を返した。優しくない。多分、彼はそう言う人だ。
でも、でもさ。私、馬鹿だから、いつか『それでも好きだったの』なんて言っちゃうのかも。もしもその時に笑っていられるのなら、私は脳みそに書かれている真っ赤なハートを上から塗り潰したっていいと思ってしまう。
『ばいばい』
私は開きっぱなしだったトーク画面にそう打ち込んで、今度は迷わず送信ボタンを押した。心臓がぎしりと音を立てたような気がする。それでも平等院くんの擦った頬の方が痛いのだから、きっと私がこの心臓の痛みを忘れるの時間はかからないだろう。
風がカーテンを揺らして、差し込んだ光が私の網膜を焼いていく。まぶしくて、痛くて、でも真っ白な視界はとても綺麗に思えた。
西日に刺される
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