短編
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静かな満月の浮かぶ夜。退屈を並べて数えてみるくらいしか、することのない夜だった。
代わり映えのしない授業を受けて帰ってくれば、代わり映えのしない私の部屋、代わり映えのしない陰鬱なニュース。隣には私の愛する彼氏さまがいらっしゃるけれど、こちらを向く気配もない。何か面白いことないかな。いつもと違うことないかな。そんなことを考えていて。
「口に指突っ込んでみていい?」
私の喉から滑り落ちた言葉に大した意味はなかった。ただなんとなく。思いついたままを言っただけ。けれど明確な形を与えた途端、それは何ともいやらしい響きを帯びるようだった。別にそんなつもりもなくて、何となく、なんか、だったんだけど。
「は?」
普段は面倒見が良くて優しいブン太も、流石に戸惑った表情を浮かべている。
眉をぐいと中央に寄せて、目を見開いて、カップラーメンの中に箸を落とした。ていうか、そのカップラーメン、私のだったのにな。
彼と付き合い始めたのは、一年と少し前のことだった。長く続いていると思う。小さな喧嘩はいくらかあったけれど、別れ話が上がったことは一度もない。友達はみんな仲良くていいね、と言う。私もそれに笑って頷く。愛しているし愛されている自覚があった。けれど、実際のところ、お互いへの関心は少しずつ、少しずつ、磨耗しているのではないかとも感じる。それをいい距離感、と表すこともできるかもしれないけれど。どうなんだろう。みんなそんなもんなのかな。私にはよくわからない。
「ねえブン太。ちょっとだけだから」
ブン太の手からラーメンを奪い、テーブルへと置いた。
「は? いやいや待て、こっち来んなちょっと落ち着け!」
「いいじゃん。一回だけ。先っぽだけ」
「女がそういう下品なセリフを言うなっていうかおいこら待て待て待ってってなあ聞けって! お願いだから!」
「男も女も関係ないよ。ちょっとだけだから、ね?」
にじり寄れば逃げていく彼をベッドの端まで追い詰めて、馬乗りになる。いつもとは立場が逆転したみたい。真っ赤になった彼を見下すというのもなかなか悪くないものだ。彼に落ちた影は私のかたち。満たされていくような感覚が、端の方から脳を毒していく。きっと、征服欲ってやつ。いつもブン太はこんな気分で私を見下ろしてるのかな。
「はい、お口あーんして」
「お前、どういうつも、り」
無理矢理に人差し指を押し込めば、流石の彼も静かになった。観念したのだろうか。そっと上顎を指先でなぞれば、びくりと体が震える。ほら。こういうの、嫌いじゃないくせに。
「ブーンちゃん、楽しい?」
聞いてみても彼は目を伏せるばかり。そういうとこ、プライド高いっていうかなんていうか。それでも、中指も侵入させて二本で優しく舌を弄んでみると、俄かに舌が絡みついてきた。舌先が爪と指の間を執拗になぞって甘く吸い上げて来るから、このまま彼の口の中で溶けてしまいそう。
「歯、たてないでね」
いつもは彼が言うセリフを今日は私が。倒錯的でちょっとだけ背徳的。指をゆっくり出し入れし始めれば、情事の時に似た粘着質な水音が響き始めた。くちくち、下品でちょっと滑稽だけど、腹の底はぞわぞわしてしまう。不意に指先を甘噛みされたりするから、彼もまんざらではないようだ。嗜虐心を煽られてついついクスクス笑いがこみ上げる。
「いいこ。私の指、おいしい?」
言って彼を覗き込むと。あーあ、すっかり息が上がって物欲しそうな顔。
その瞬間だった。唐突に手首を掴まれたと思ったら、容赦無く体重をかけられて形成逆転。上から落ちて来るライトが眩しくて、ブン太の表情は見えない。ただ、触れた手首が熱くて仕方ない。物欲しいのは私も同じってことか。
「まったく、好き勝手しやがって」
「楽しかったでしょ、変態め」
「うるせー、どっちが変態だよぃ」
「もうさっきのしない?」
「しねえよ」
「これじゃあ、いつもと変わんないじゃん」
こうやってブン太を見上げるのも、きっとこれから私ばっかり余裕がなくなっちゃうのも、全部いつも通り。
「嫌?」
「んーん、いいよ。でも、退屈させないでね」
一晩中ブン太が楽しく遊んでくれるなら、私はそれで満足だ。他に望むものなんてない。
「俺と普通にすんの、退屈なわけ?」
「そうじゃないけど、たまには違うことしたいじゃん」
「変態」
ため息とともに落とされた言葉に角はなく、むしろ甘い色をにじませている。近づいた目の中に、昨日と同じ私が閉じ込められていた。その小さな世界で、緩やかに熟れて、いつかは腐り落ちるだろう愛情はしかし、それでも悪くないと思わせる何かがある。
「好きだよ、ブン太」
少し空々しく響いた私のセリフも、彼が笑うから全部どうでもいい気がした。
退屈を殺す君
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