短編
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私の隣の席の佐伯くんはとてもかっこいい。
二学期のはじめ、席替えがあった。その時一番後ろの席だった私は、席替えするぞ、という先生の言葉に落胆したものだった。しかし、なんと幸運なことか。私が引き当てたのは再びの一番後ろの席というだけでなく、佐伯くんというクラスの、いや学校のアイドルともういうべき人気者の隣の席だったのだ。
目が合った瞬間に、よろしく、と言って彼が微笑んだのを、一ヶ月経った今でも写真のように思い出せる。大げさでなく、比喩でなく、本当に思い出せる。だって、それくらい印象的だったのだ。一生席替えなんてなければいいとさえ思った。
それ以来、授業中に真剣に黒板を見つめる佐伯くんをちらりと盗み見るのが私の日課だ。
真っ白なカーテンを背景に、亜麻色の髪の毛を風に揺らして、肘をついている彼。教室の中の何気ない風景なのに、それだけでめまいがするほど綺麗だ。多分、みんなそう思っている。だって、彼には千葉のロミオなんて称号だってあるほどだ。満場一致、可決。
しかし、そんな彼なのに案外気さくなところがあって、だからだろうか。仲のいい子からはサエ、と愛称で呼ばれている。いいなあ、私もそうやって呼んでみたいなあって思うけれど、せいぜい挨拶を交わす程度のクラスメイトの私に、そんな勇気はない。
ぼんやりとそんなことを考えていたら。
「サエ」
あ、うっかりこぼれた。
瞬間、振り向いた佐伯くんとぱちりと目が合った。
やばい。
「どうしたの、みょうじさん」
けれど、佐伯くんは何でもないように首を傾げるだけ。
「き、くん」
「別に、サエでいいのに」
サエでいいのに。サエでいいのに、だって!
にっこり笑った佐伯くんの涼やかな声が耳の中で何回も繰り返された。先生の話はするすると抜けて行くのに、現金なものだ。
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう、じゃあそう呼ぼうかな」
「どういたしまして、みょうじ」
あ、『さん』とれた。仲良くなれたみたいで、そんなちょっとのことがこんなに嬉しいとか、馬鹿みたいだ、私。
これじゃあ佐伯くんの、違った、サエのことすきみたい。ちがうんだ、そういうんじゃない。かっこよくて憧れのクラスメイト。それだけ、だった、はず。
「みょうじ」
「う、うん」
意識しちゃって、緊張しちゃって、声が上ずってしまう。こんなかっこわるい私を、私は知らない。知らないったら知らない。
「何か用があったんじゃないの?」
「ああえっと、ごめん、なんでもない」
「ないの?」
「ないよ」
「なんだ、告白でもされるのかと思った」
もう一度にっこり笑った佐伯くん、改め、サエの笑顔は、完璧なまでに整っていてまぶしくて。
だから、馬鹿なんじゃないのって思ったはずなのに、上手く返事が出てこない。
「え、なん、なんで」
「だって、席替えしてからずっと、こっち見てくるから。あんなに熱い視線、俺じゃなくても気づくと思うけど」
「じ、授業中だよ!?」
「じゃあ授業終わったら、告白、」
「いや、しないけどね!?」
思わず張り上げた声に、教室中の視線が集まる。
なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい。なんのいじめだ。恨みがましい視線をサエに送ってみるものの、当の本人は涼しい笑顔のままだった。
「みょうじ、授業中だぞ!」
「違うんです、先生! 今のは佐伯くんが」
「あれ、さっきサエって呼んでくれるって言ったのに」
「ちょ、ややこしくなるから、一瞬黙ってくれる!?」
「それに『俺が』じゃなくて、『みょうじが』俺に告白するって話じゃなかったっけ?」
「しないから! まじで黙って!」
クラスのみんなの冷やかしの声と先生の怒声と私の焦った叫びが重なった。サエは楽しそうに笑ったまま。私、絶対からかわれてる。顔から火が出そうなんて体験をする日が来ようとは。
ああもう!
机に突っ伏す私の頭上から、サエのははは、なんて爽やかな笑い声が聞こえる。
「告白してくれないなら、俺からしようかな」
なんて、絶対面白がってるだけだ。サエはすてきだけどいじわるだ。サエはすてきだけどなぐりたい。
席替えしたくないなんてやっぱりうそ。先生、お願い。今すぐ席替えしよう。
せきがえしたい
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