短編
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今日は随分アルコールの周りが早かった。少し疲れていたからかもしれない。
少し痛む頭を押さえて扉を押し開ければ部屋はすでに明るくて、彼が来ているのだなと思った。ああ。会えるとわかっていれば無理にでも早めに飲み会切り上げて来たのに。
「はーじめちゃん、ただいまあ!」
勢いよく廊下を抜けて、いつも通りソファで足を組む彼に飛びつく。彼の手にしていた新聞がぐしゃりと音を立てたけれど、気にしようとは思えなかった。彼は迷惑そうに眉をしかめながらも、私を受け止めてくれるのだから私は愛されているのだろう。布越しの体温とか、肺の上下とか、微かな筋肉のきしみとか。そんな彼が生きている証拠が伝わってくるのが幸せでたまらなかった。
「はじめちゃんって、何ですかその呼び方」
「はじめちゃんははじめちゃんですよお、私のはじめちゃん!」
「帰りが遅いから心配していたと言うのに、まったくあなたは。飲み過ぎです」
お酒くさい。彼はそう言って大きなため息をついた。夜の一番深い時間を切り取ったような瞳が私を覗き込んで、案外男らしい指が私の顎を掴んでぐいと上を向かせる。ああ。こういうところ、すき。だいすき。今すぐ丸ごと飲み込んじゃいたいくらいすき。
「はじめくん、すき」
「酔っ払いに言われても嬉しくありません。そういう言葉はシラフの時にちゃんと言ってください」
「うん、お水ください」
「酔っ払いはこれだから嫌なんですよ」
「ちょっと気持ち悪い」
「本当に、呆れた人ですね」
舌打ちが聞こえて来そうな見下した表情。でも、だって、だって。ちょっと仕事頑張りすぎたし、飲み会だっていっぱい愛想笑いして来たの。メイクはもうとっくに崩れているだろうし、シャツだってよれよれだし、はじめくんから見たらみっともない格好なのだろうけれど、でも、いっぱい働いたんだ。だから、少しくらいご褒美くれたっていいでしょう。
「怒んないでよ」
ぎゅうと腰にしがみつけば、肩を押し返される。つれないなあ。私は君の彼女だよ。大事にするって約束してくれたくせに。
「水がいるんでしょう。離してください」
「やだ。ぎゅってして」
「はあ!? どうしてそうなるんです!」
「やだやだ! ぎゅってしてくんなきゃ離さない! このまま吐く!」
「こら、本当に怒りますよ!」
今度こそ肩を強く掴まれて引き剥がされてしまえば、私は子供みたいに手足をバタバタさせるしかできなかった。彼の華奢な体を見れば鍛えてるとは思えないのに、歴然とした力の差を感じてなんだか悔しい。
「まったく、……三秒だけですからね」
「え」
腰からぐいと引き寄せられ、抱きしめ直されて。酔ってる私よりも少し赤い耳が目の前に。ああ。もう。これだからこの男はやみつきになっちゃう。
「ねえねえ、はじめくん。そろそろ三秒すぎるけど」
「うるさい、大人しくしていなさい」
ツンデレかよ。そう言えば腕が離れていきそうだったから言葉は飲み込んで。水も着替えも後にして。長すぎる三秒に沈み込むように目を閉じた。
ご褒美は三秒で
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