短編
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ぴょこん、ぴょこん。
それは、まるで猫を誘う猫じゃらしのようだ。
ぴょこん、ぴょこん。
ちょうど私の目の前を、キラキラ光ながら跳び跳ねては捕まえてみろと言わんばかり。ああ、もう耐えられない。そっと手を伸ばして、その尻尾に触れようとした瞬間。
ぱしり。
乾いた音がして私の手は、仁王に捕らえられていた。ふわり、銀色の尻尾は彼の後頭部に隠れてしまう。
「あとちょっとだったのに」
「何を言っとるんじゃ、おまんは」
「そっちが誘ったんでしょう」
「話が見えん」
「あんなに風に私の心を乱しておいて、知らないふりするの?」
わっと泣き真似をすれば、周囲の視線がたちまち私たちに集まった。昼休みの教室は人でいっぱいだ。仁王はさぞ視線が痛いことだろう。思って、指の間からちらりと彼を盗み見てみれば、彼は呆れたような困ったような顔だった。
彼は、私の前の席に座るクラスメイトである。特に友達と呼べるほど仲良くもなく、お互いに取り立てて気があうわけでも、関心があるわけでもないだろう。
でも、私は彼の髪の毛、その後ろに結ばれた尻尾のような、男の子にしては長い、その髪の毛が気になってしまう。授業中、昼休み、彼が窓に視線をやるたび、ふとした瞬間に下を向くたびに、ぴょこん、ぴょこん。まるで生きてるみたいに飛び跳ねるそれに、どうしても触ってみたくなってしまうのだ。
「だから、何の話」
仁王の冷たいとも思える問いかけに、私は泣き真似をやめて彼を見上げる。
「尻尾の話」
「は?」
「仁王の髪の毛、尻尾みたいじゃん」
「……髪?」
ぱちぱち瞬きをしていつもより少し大きく目を見開いた彼はなんだか新鮮だ。いつもだるそうにばっかりしているから。仁王が、正確には仁王の顔がだいすきな友人によれば部活中はアクティブに動き、表情だって生き生きしているらしいが、私には想像できない。
眠くてだるそうでいつも適当なことを言って、でも意外にノリが良くて、口の端だけ上げる変な笑い方の男。それが私の中の仁王である。
「仁王、変な顔」
「悪かったな、生まれつきじゃ」
「せっかくイケメンに生んでくれたお母さんに全力で謝れよ」
「褒めたり貶したり、何がしたいんかまったくわからん」
「変なのは顔つきじゃなくて表情でしょって話だろ。もうそんなこといいから髪の毛触らせて」
「なんでそうなるのかさらにわからん。セクハラじゃ」
「セクシャルでもハラスメントでもないもん、尻尾かわいいなあって思ってるだけだもん」
「はあ? おまん、それ、どういう……」
「なに?」
「もういい」
面倒くさそうにため息をついて、彼はくるりと後ろを向いた。
おや、もしかして、これは。
「触っていいの?」
「知らん」
「照れ隠し? さては仁王、いいやつか」
前を向いたままじっとしている彼は、きっと私の好きにすることをゆるしてくれていて。なんだかんだ言いながら優しいところもあるようだ。少し腰を浮かせて手を伸ばせば、さらりと想像以上に柔らかい髪が指の間を逃げていった。
ああ、掴めそうで掴めなくて、まるでこれは。
「満足か?」
振り向いてにやり。口の端だけを上げて変な笑い方の、いつもの仁王。
それなのに私の心臓が飛び跳ねた気がして、なんだか悔しくて。
いや、きっと逆光が彼をいつもより少しよく見えるように演出しただけに違いない。
ただそれだけに違いない、だって、だって、そんなはずはない。
「う、うん」
できるだけ表情を消して頷いた私は、もう一度彼に手を伸ばす。
ふ、と目を細めた彼の視線は私の指先を辿り。
それから。
私は思い切り彼の尻尾を引っ張った。
「っ!」
「仁王のばあか!」
「小学生か!」
彼の制止を背に、私は廊下へ飛び出す。顔が熱い。なんで。だめだ、わかんない。逃げなくちゃ。ああ、もう。やっちゃった。触らなければよかったんだ。
追いかけてくる彼の気配を感じて、私は全力で駆け出した。
追いかけっこでも、しましょうか
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