短編
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そっと唇が離れると、甘く息を吐く音が聞こえた。
自室のベッドの上、彼女と近い距離。カーテンを閉め切って薄暗くしたはずの部屋の中は、それでも昼間の明るさを追い出せずにいる。いやにはっきりとした視界の真ん中で、彼女の甘い茶色の瞳がじっとこちらを見つめていた。それはこの先を求めているようでもあり、性急に先を求めてしまう俺を責めるようでもある。どうればいいのかわからなくなって、情けない俺は思わず視線を逸らした。
「くらのすけ」
なまえの透明な声が俺を呼ぶ。感情の見えない声に咎められたような気がして、思わずびくりと肩を揺らしてしまう。
なんて、情けない俺。
「どうしたん?」
「なに、考えてるの?」
小さく首をかしげる彼女は、かわいい。かわいいけれど、酷く恐ろしくもあった。あまりにも小さくて繊細で、呼吸しているのが不思議なくらいだから。
「別に、なんも」
だから、そんな見え透いた嘘をつく。頭の中は煩悩でいっぱいのくせに。何度、はしたない言葉があの小さな唇から溢れる様を想像したかわからない。
「ふーん」
現実のなまえはつまらなさそうに唇を尖らせて、それからぽすり、と俺の胸に頭を預けた。甘い香りが鼻腔をかすめる。きっとかじりついたら甘い味がするだろうなと、空回る思考の隅で思った。
「ね、くら、頭撫でて」
「ん」
「ぎゅっとして」
「もうしとるで」
「もっと!」
「はいはい」
「ちゅーして」
「さっきしたやん」
「もっかい」
「ん」
額に触れるだけのキスを落とせば、うつむくなまえ。
「くらのばか」
「すまん」
どんどん不機嫌さを増していっているようななまえの様子に、俺はにじりと焦りがせり上がってくるのを感じた。何が悪かったのか分からないまま、もう一度すまん、と繰り返せば、ふ、と彼女が顔を上げる。眉を下げて、情けない表情。
「ちがうの」
「違うって、」
「くらがいつも優しいから、ちょっと困らせてみたかっただけなの。だから、そんな顔して謝んないで」
泣きそうな顔で、そんなこと。俺を困らせたいと言う彼女の気持ちを、正直よく理解はできなかったけれど、情けない顔でうなだれる姿は小さな子供のようで微笑ましい。
いや、俺たちなんてまだまだ子供には違いない。自分勝手に振舞うしか知らない、幼い子供だ。
「なまえ、俺は優しくなんかないで」
ぽんぽん、と頭を撫でてやれば、彼女は少し困ったように笑った。カーテンが風に揺れて、同時に彼女の影もゆらゆら揺れる。
「うそつき。今だって、こうやって私を甘やかしてるじゃん。くらは優しいよ」
少しは文句も言っていいんだよ、ほんとに考えてること教えてよ。そんな優しい言葉をねだるようにそう言われて、今度は俺が困って笑う番だった。
「せやから、俺は優しくないで。だからなまえが怒ってほしい言うても怒ってやらへん」
「じゃあ、だいすきって言って欲しいって言ったら?」
「それなら、言う」
俺の言葉聞くなり、目の前の大きな目がひと際大きく見開かれて。ぱちり、瞬きをして。とびきり甘い笑顔になって。それから、なまえは勢い良くこちらに倒れ込んでくる。支えてやることもできたけれど、ちょっとの下心がそれを止めた。俺に体重を預け猫のようにすり寄ってくる彼女のやわらかさを感じて、体温が一気に上がるのを感じる。肩に触れればなまえのからだが少しだけ震えたようだった。
ゆっくりと、できるだけ驚かせないように彼女を仰向けにして、覆いかぶさるように体を入れ替えて。さらりと流れた髪の向こうに透ける白い首筋に噛み付けば、耐えるようなくぐもった声が彼女の喉からこぼれ落ちた。扇情的なそれが、俺の浅ましい心臓を揺り動かす。
ああ、俺は優しくないし、きっとこれからもっと優しくない男になる。そして、優しいなまえはそれを許してくれるに違いない。それにつけ込む俺はなんて卑怯なのだろう。
己の矮小さを笑いながら、俺は彼女の白いブラウスに手をかけた。
甘いだけの感情なんて、とっくに焦げ付いている。
カラメル・エゴイズム
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