〔九〕共に生きる道
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──そうだ。
「──っ‥」
確かに、悲しみを知り 苦しむのかもしれない。
──でも。
私には、たとえ僅かでも‥弱くても、誰かを救える手立てがあるじゃないか。
大切な人が出来た今なら、父の言葉の意味が解る。
今なら、烝の言葉の意味も解る。
『お前は‥、良くも悪くも‥ 医者、なんやな』
私は震えている自分の手を見つめた。
「春華さん」
優しい声が聞こえた。とてもとても綺麗によく通る、──私の大好きな声。
「沖田‥さん‥‥」
彼は、私と少し距離を置いた場所で、歩みを止めた。
「‥やっぱり、隠しきれませんでしたね」
「私‥‥」
沖田さんは、目を伏せて、静かに笑った。今まで見たことのないくらい、穏やかで切ない笑み。
「春華さん‥、ごめん なさい‥」
「え‥?」
「貴女を 苦しませてしまって‥‥」
「そんな‥っ」
この人は離れて行ってしまう。
直感で、そう思った。
私は無我夢中で沖田さんの袖を掴み寄せ、言った。
「っ‥嫌‥です」
「え‥?」
「言ったじゃないですか‥! 沖田さんの悪い所は‥優しい所と、強い所だって!!」
そんなに優し過ぎないで
苦しみを隠さないで
一人で、堪えないで
「沖田さんは‥‥我慢強すぎます」
「‥‥」
「なんで‥っ──」
何で貴方だったのだろう。
そうやって病をただ、恨んで生きていくこともできるだろう。思考を止めてしまうこともできるだろう。けれど、私は──
バラバラになりそうな心を繋ぎ止めるように、胸元をぎゅっと、握った。
「‥私は医者です。覚悟は、決めました」
そう、私は自ら望んで 今この『道』に立っている。
私がこの『道』を選んだのは きっと──
「私が、います。 だからどうか──どうか一人で、抱え込まないで。一緒に──」
貴方と共に、歩む為。
いつしか溢れだしていて、止まることを知らない涙。それを拭ったのは、ひどく優しい 指だった。──いつかの日、母の墓石に、花に、触れた父の手のようだと思った。
「──‥強い人ですね、貴女は‥」
「‥‥強くなんて‥ないです」
今だって、感情に任せて泣き散らしてる。
医者はいかなる時も冷静であれ、と 教わったのに。
──私は、弱すぎる。
──貴方は、強すぎる。
すると、涙を拭う沖田さんの手が止まった。私が視線を上げると、沖田さんは瞼を伏せて、仄かに笑んだ。
「──貴女が私のことを強い、と言い、自分を弱い、と言うのなら‥──私にはそんな貴女の弱さが必要なのでしょう」
沖田さんは、そっと私の頬に触れて、真っ直ぐに私の目を見た。涙で滲んで、ちゃんとは分からなかったけれど──沖田さんも、泣きそうな顔をしていた気がした。
「こんな私ですよ。それでも──傍にいてくれますか」
「‥っ」
言葉にならなくて、ただ、ただ、強く頷いた。
沖田さんは、そっと笑って──額に 触れるだけの口付けをした。
全てを肯定した、証。
その何にも代えられない穏やかな笑顔を、守りたいと思った。
──貴方が、好きです
この日、この胸に確かに感じた、泣きたくなるほど温かく──熱い感情。
同じ道を、歩んでいきたいと思った。
この道の先には、何があるのだろう
そんな事は 誰にも分からないけれど
貴方と共に “今”を歩めば
きっとそれは
振り返っても怖くない
振り返っても胸を張れる
軌跡になると思うから
そしてそれは
それぞれが祈る明日への
それぞれが願う未来への
奇跡になると思うから
共に‥
『共に歩む道』-終
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