〔九〕共に生きる道
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そう、気付く機会は、恐らく、何度もあったのだ。
けれど──
「──喉の、炎症が‥‥ありますね」
「‥‥そうですか」
「それと‥ 他には自覚症状はありませんか‥」
「ありません」
「‥‥夜、咳き込むことは?」
「ありません」
「‥‥」
本能的に、ソレ、を認めたくなかったのだろうか。
ふと、ソレが脳裏に過ったとしても──あぁ、呼吸器系が弱いのかな、と、その度に無意識の内に自分を納得させていたのだろう。否定したかったのだろう。
「そ‥れでは、お薬をいくつか出しておきますから、ちゃんと‥飲むんですよ」
「はい、心掛けます」
穏やかな笑顔で、淡々と返される言葉に、全てを悟る。
あぁ、この人は、知っているのだ。
「───っ」
堪えきれなくて、私は席を発った。
「ごめ‥‥なさい、ちょっと‥っ」
特効薬は未だ、見つかって、いない。
私は、沖田さんの『闇』を知ってしまった。
「春華!!」
烝の呼び止める声も、聞こえないフリをした。
────────
──────
───
「‥‥はっ‥はぁ‥っ」
境内を横切って、人のいない裏の方に回り込むと、足に力が入らなくなって 私はその場に頽れた。
「──っ‥‥」
まさか、彼が。
思考が渦巻いて、頭も、心も、整理がつかない。
聴診器から聞こえた彼の“音”が、鼓膜に貼り付いて離れない。
「‥嫌‥‥‥っ」
彼を失いたくない。そんなことを、想像したくもない。
その気持ちが胸の中を支配して、溢れて、私は、自分の 医者としての宿命を呪わずにいられなかった。
──知らなければ良かった。
(──本当に?)
──治療法もない、どうすることもできない。
(──本当に?)
全てを恨んでしまいそうになる私と、それを否定しようとする私。ない交ぜになる心が、胸を締め付ける。
声にならない呻きが、口から漏れだす。
「‥‥‥う‥っ‥」
そうやって、土を掴んで悶えている中、ふと──その心の中に、響いてきた言葉があった。
『──‥でもね、春華‥』
その時、脳裏に響いたのは、数年前の父の言葉。
─────────
──────
───
「‥でもね、春華‥」
父は私の肩から手を離し、少し前へ歩み出て 先程墓前に備えた花に触れた。
やはりそれは──とてもとても、優しく。
「父さんは、医者である事を‥後悔してないよ」
「‥‥」
「だってね、少しだって‥僅かにだって‥ 確かに、彼女の力になれたから。
人はね、きっと‥何かやりたい事が出来た時に、何も出来ないのが一番辛いんだ。その時に、力がないと‥苦しいんだよ」
ただの独りよがりかもしれないけどね、と言って 父は視線を落とした。
「彼女の『最期』を知っていたからこそ、出来る事もあった。最も愛した人だったからこそ‥一番傍に居てあげられて ‥良かったと思うよ」
そして父は振り返り、強い眼差しで私を射抜いた。
「父さんがするのは、一つの『道』の提示だけだ。強要じゃない。選ぶのは、全てお前なのだから‥───」
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