〔九〕共に生きる道
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この道を示してくれたのは
たとえ 自分以外の誰かだったとしても
この道を選んだのは
他でもない 私
この道を辿るのに 苦悲を伴おうとも
それと引き換えに 私は力を手に入れた
貴方と共に 歩める道を
力を 手に入れた
《共に歩む道》
私に医学への道を示してくれたのは、父だった。
あれは、父が渡英する事が決まった直後、母の三回忌の為、父と二人で墓参りに行った時だった。青く青く、突き抜けるようによく晴れた日だった。
「お母さんのお墓参り‥当分行けないね」
そこは小高い丘の上。青く澄んだ空の下、見晴らしのいい所に立てられた墓碑。私は膝を折って母の墓前で手を合わせた。──胸の中に、漠然とした鬱念のようなものを抱えながら。
「お母さん淋しくないかなー‥」
父の仕事とか、担っているモノとかは 理解しているつもりだったけれど。幼かった私には、生まれ育った国を離れることに、父ほどの意味を見出だすことが難しかった。
他に頼る親戚がおらず、大好きな父と離れることが嫌だったから、ただ、父に付いていくことを決めた。それだけだった。だから──目的は、なかったのだ。
「‥春華は 英国に行くのは気が進まないか?」
「うーん…」
「英語が不安?」
「うーん‥‥」
不安、というものは不思議と無い。むしろ、新しい世界への興味の方が強い。
──けれど、何故だか心に蟠りがある。
「わからない‥」
「‥そうか」
「‥‥でも」
もしかしたら
「‥もしかしたら、初めて一歩を踏み出そうとしてる人は、皆こんな気持ちなのかな‥」
一歩を踏み出してみたいのに、今までの自分が それを止めようとする。そんな感じ。
聡い子だ、と言って 父は私の頭を撫でてくれた。
「──春華。この国が 新しい時代を迎えようとしているのは‥もう分かっているね?」
「‥耳にタコができるくらい聞いたよ‥」
そうだったね、と言って父は笑った。
「きっと、これからの日本人は、男女問わず、生きる力を身に付けなくちゃいけないんだ」
「生きる力‥?」
「そう。‥これから この国が激動の時代を迎えたら、‥争いが起こる事は必至だろう」
「‥‥‥悲しいね」
争いなんて。起こらない方がいいのに。
すると、父は困ったように笑った。
「確かに悲しい事だね。‥でも、何かを生み出すには、それ相応の痛みを伴うものだから」
「‥‥」
「それぞれの人が、それぞれの信じる道を進んでいく──時には衝突したり、手を取り合ったりしながら」
どうにも納得できない私の様子を見て、父は再び苦笑まじりの表情を浮かべた。
それから父は、視線を私から母の墓石に移し、そっと触れて──何かに頷くように瞼を伏せた。それは とてもとても、優しい触れ方だった。
そして少し間があって、面を上げると、再び私の方を向く。その真っ直ぐな瞳が──今でも目に焼き付いている。
父は私の肩に手を置くと、私を母の墓石の方に向き合わせた。
「目的がなく、漠然とした憂鬱を抱えているのなら‥──春華、医療を‥学んでみないか?」
「え‥?」
「英国で、医学を」
風が 周りの雑音を吹き飛ばした。痛い程の静寂の中に、父の 優しさと力強さとが相俟った声が響いた。
「人々が傷付いていく時代に‥人々を救える、術を手に入れるんだ」
父の、手に込める力が 強くなるのがわかった。
──私が‥、お父さんと同じ‥医者に‥?
ただ、父に付き添う為に英国に行くのだと思っていた私に、その提案は青天の霹靂だった。
そしてそれは──かつて私が抱いた事のある夢の姿でもあった。
人を救える力。
私は幼心に、それに 強く魅せられていた。
──けれど
ふと脳裏に、病床の母と、それを支える父の姿が浮かんだ。
「──‥‥でも ‥お父さん‥」
「‥何だい」
医者は人を救える力を手に入れる、けれど──
「‥お父さんは‥、苦しんでいたじゃない」
「‥‥‥」
病床の母には見えない場所で、父が苦しんでいた事を、私は知っている。
大切な、愛した人が弱っていく様子を、誰よりも近くで見ていなければならない。他の誰よりも、その人の『最期』を知っている。
「医者は‥‥苦しいんでしょう‥‥?」
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──
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