〔八〕祖国のタカラ
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周りに目を奪われながらやっと参道を抜け、鳥居をくぐれば、本殿に辿り着く。参道の賑わいとは隔絶されて、それは静かに佇んでいる。
自然と頭が垂れる。横目に、沖田さんも同じようにしていることが分かる。
粛然とした心になって、ゆっくり歩み寄り、そっとお賽銭を入れる。それから目の前に垂れ下がる縄を振ると、大きな鈴の音が辺りに響き、一礼、そして再び一礼。
今度は手を打つ乾いた音が辺りに響いて、それからまた静寂が戻る。合わせた掌と共に、念じる。
一連の所作をすることによって、身も心も引き締まっていくのを感じた。
──────
────
──
思わず息を吐く。溜息ではなく、これは吐息。
「──心が引き締まりました」
日本の神社への久方ぶりの参拝に、体が少し緊張していたことに気付く。
英国の教会とは違う、不思議な空気を感じさせる神社。緊張させるのと同時に──見守られ、加護に包まれている気持ちにもさせる。
「──そうだ、烝に御守りでも買っていこうかな」
「御守り?」
「えぇ、何が良いでしょう‥‥健康御守りかな」
当番とはいえ、仕事を請け負ってくれている烝に、せめても何か渡したいと思って、ずらりと並んでいる御守りの中で目についたものに手を伸ばす。
今もきっと無表情で教本とにらめっこをしているだろう烝の姿を想像すると、笑みが零れた。
「彼、仕事のこととなると本当に熱血漢で──いつか“医者の不養生”をしてしまうのではないかと冷々します」
だから健康御守り、と言うと、沖田さんは“成る程”と言って、自身も並んでいる御守りに見入っていた。
「じゃあ、土方さんには何かな~、まぁ‥‥縁結び以外でしょうね」
「えぇ、それは間違いないですね」
「近藤さんは‥‥勝守りかな」
「いいですね」
誰にどんな御守りがいいだろうか、考えていると胸の中が自然と温かくなっていくのを感じた。
──‥‥カラン‥コロン‥
そうやって話し込んでいると、何処からか、よく通る澄んだ音が聴こえてきた。
「あ、あのお店からですね」
沖田さんが指差した先にあったのは、明るくて賑やかな通りからはやや外れた、少し薄暗い所に構えられている、小さなお店だった。
その店の主と見られる人物は、“青年”というよりは“少年”という感じの背格好で、狐のお面ですっぽりと顔を覆っていた。
そのお面は、さっき見たどのお店にも売られていなかった気がする。
──‥‥カラン‥コロン‥
音の正体は、小さくて可愛らしい 木鈴だった。
私達は自然とお店に歩み寄り、それを手に取ってみた。
──‥カラン‥ ‥コロン
「‥澄んだ音‥」
「ええ、本当に」
この木鈴の音に、不思議と この数年間の事が思い出された。
父と共に、異国の地に学び続けた 数年間。
「──‥やっぱり、私は日本が好きです」
「え?」
突然の私の発言を不思議に思ったのか、沖田さんは頭に疑問符を浮かべた。それを横目に見て笑い返しながら、私はもう一度木鈴を鳴らして、続けた。
「‥異国に行ってる間は、あまり感じなかったんですけど‥、今 ふと思いました」
神社。その領域に足を踏み入れると、背筋が伸びる気持ちがする。粛然とした中に、見守られている安心感。
御守り。持つ人を加護するもの。誰かがその人の身を考えて、加護を願って、贈ることもできる優しいもの。
気持ちを大切にする文化。
「日本の文化って‥優しい、ですよね。勿論、異国の文化だって負けず劣らず凄く素敵ですけど‥」
でも、例えば──
春になっても桜が咲かなかったり
秋に月見をする人がいなかったり
年明けに 除夜の鐘が聴こえない時‥───
私は異国の地で 何故か無性に寂しくなっていた。
「‥やっぱり、私の故郷は『此処』なんだな‥って」
此処に吹く風
此処に訪れる四季
此処に生きる 全てのもの
此処で出逢った 全ての人々
「好きだなー‥って」
今は、思う。
もう一度、カラン、と木鈴を鳴らすと、何だか安心して、自然と笑みがこぼれた。
そうして感傷に浸っていると、ずっと私の話を聞いてくれていた沖田さんが、微笑みを浮かべて口を開く。
「随分気に入ったみたいですね、それ」
「はい、なんだか気になっちゃって」
そうですか、と沖田さんは柔らかく笑んだ。
「買いたいところですが、何しろ‥」
「春華さん一文無しですもんね~」
「‥‥一文ぐらい持ってます」
そういう話じゃないだろう、と一人で突っ込みを心の中でしていた時、袖を何者かに引っ張られた。視線を落とすと、そこにはこの店の主の少年が、小さく佇んでいた。少年は、すっとお店の台の上を指差した。
【大切に思って下さる方に お譲りします】
「‥‥えっと‥、もしかして‥お金、要らないのかしら‥?」
少年はこくりと頷いた。
そんな都合の良い話があっていいのだろうか。
「えっと‥」
不思議な気配を持つ少年とお店に少し戸惑って、すがるように沖田さんの方を見れば、無邪気な微笑みを返された。
「頂いちゃいましょうか。きっとこれも何かの縁ですよ」
そう沖田さんは言って、狐の少年の方を向いて屈んだ。
「彼女にあげてもいいですか?」
少年はまた黙って頷いて、静かに二つの木鈴を差し出した。
「私も‥頂いて良いんですか?」
少年は首肯して、更に手を前に突き出した。
お面のせいで、少年の表情は全く分からない。けれど、きっと負の感情は抱いていないと感じられる。
沖田さんはにっこり笑んで、少年にお礼を言った。
「良かったですね、二つも貰ってしまいました」
はい、と沖田さんは私の手に 赤い紐の付いた木鈴を置いた。お互い紐を持って鳴らし合うと、一層澄んだ音色を奏でた気がして、どちらからともなく笑みが零れた。
ただ、有り難いこととはいえ、お金を取らないで、果たして少年はやっていけるのだろうか。
狐のお面といい、一言も喋らなかった事といい、謎の多い少年だ、と思って、何となくもう一度お店の方を振り返った。が───
「‥あ、れ‥?」
振り返った先、その場所にあったのは──草原。店があったはずのそこには、何かがあった痕跡もない。
試しに、ベタに目を擦ってみても 目に異常があるわけじゃないらしく、いくら目を凝らしても何も見付ける事は出来なかった。
「──はは、は‥はははは‥‥」
笑顔の横を、冷や汗が伝った。
「どうかしました?春華さん」
「い、いいえ! あ、そそろそろ帰りましょうか!『顧みることなく』!」
「? はぁ」
「さぁ帰りましょ!!」
私達は本当に後ろを振り返らずに、前だけを見て 帰路に着いた。冷や汗を掻きながら足早に去る私と沖田さんの間で、二つの木鈴が軽快に音を立てていた。
──今度、あの神社にお稲荷さんでも持っていこうか。
この国には ゆっくりとした時間が流れる
島国だから、
と言ってしまえばそれまでだけど
他の国には無い 何かが在ると思う
此処に吹く風
此処に訪れる四季
此処に生きる全てのもの
此処で出逢った全ての人々
これから迎えるであろう
激動の時代を乗り越えても尚、
これらの事は、移ろい行かないで欲しいと願う
『祖国のタカラ』-終