〔八〕祖国のタカラ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
春には桜が咲き誇り
夏は凛と風鈴が鳴る
秋には紅葉が空気を染めて
冬は小雪が空から舞い散る
そしてまた春が来て
桜の姿に、花の香に魅せられる
私はそんな
日の本の国で生まれた
《祖国のタカラ》
屯所での生活にも慣れてきた頃、土方さんに呼び出しを受ける。
何のご用だろうか。──この前暇だった時にやった沖田さんとの悪戯がバレてしまったのだろうか。それとも鉄と摘まみ食いしたことが──
思い浮かぶことはどれも幼稚で、これはどの件でも頭を下げるしかないな、と思い、恐る恐る襖の前で膝を折った。
「相内です。お呼びですか」
「ああ──入れ」
短く答えが帰ってきて、私は意を決して襖を開ける。
開けた先には、土方さんがいつものように煙管を吸いながら座っていて、その隣には──沖田さんがいた。
「来たな。」
あぁこれは、悪戯の件だ。
沖田さんの存在を認めると同時に直感で気付いて冷や汗が出る。
──あぁきっと沖田さん共々呼び出されて今から鬼の説教が始まるんだ その証拠に沖田さんの表情は恐怖で満ちていて‥!
と、そこまで頭の中で思考がぐるぐる巡った後、漸く気付く。──沖田さんは、いつものにこにこした楽しげな笑顔で座っているではないか。
「──えーっと、ご用はお説教では、なく?」
「は?」
何言ってるんだ、と一蹴して、土方さんは吸っていた煙管の中身を盆に落とし、それで畳の上に置かれた大きな箱を示した。
「確認しろ」
「へ?」
皆まで言うつもりがないのか、土方さんは無言で“早くしろ”とでも言うように顎をクイっと動かすだけ。
よく分からないまま言われる通りに箱の前までにじり寄り、そっと蓋を開けてみる。すると、目に飛び込んできたのは──
「──着物‥!」
綺麗に整えられた、着物たち。改めて箱を見てみれば、『○○屋呉服店』と印が押されている。
「‥あの、これは‥」
「使え。まぁ‥着任祝いだ。」
予想していなかった展開に、目を丸くする。そして驚きの後に──何とも言えない嬉しさが胸に溢れた。
暫く着物たちに見とれていると、土方さんが咳払いをした。
但し、と言い加えて、土方さんは手にしていた煙管を再び口にくわえて、手慣れた風に煙草に火を付けた。
「かなり金が掛かったからな。当分お前の給与は無しだ」
「え゛」
突然言い渡された“無賃労働宣告”に、思わず低い声が出る。そんな様子を見て、沖田さんはケラケラと笑った。
「あははっ春華さん一文無しですね!」
「酷いですよ‥沖田さん‥」
あはは、と沖田さんは一層無邪気に笑った。
「‥でも、いつまでも人のものを借りていたら悪いと思っていた所なんです」
今も着ている烝のお姉さんの着物を、そっと撫でる。仕事上、汚さないように努めるのは難しくて、きっとこのままずっと使い続けていけばどんどん磨り減ってしまう。
それでも、使って欲しいという烝の気持ちも大切にしたかったから、どうにかできないかと思案していた。──末永く、大切に使いたかったから。
「だからとても助かります。ありがとうございます」
当分給与は無しだとしても、この着物の量からして、かなり考慮してくれているのだと思う。普通にこれだけ買えば、まず一年分の給与は消えていただろう。
貰った着物を広げてみる。
とても趣味の良い、素敵な柄達が そこには並んでいた。華美な彩りではなく、寧ろ落ち着いた色使いで、その中に──確実に品が溢れている。
「‥凄く趣味が良いですね。誰が選んだんですか?」
「あ゙? そんなの適当に店主に選ばせたに決まってるだろ」
そう機嫌を損ねたように言って、途端に土方さんはそっぽを向いたから、少し不思議に思った。すると沖田さんが私の傍に寄ってきて、こう耳打ちした。
『これ、本当は殆ど土方さんが選んだんですよ』
今はもう何食わぬ顔で煙管を蒸かし、書類に目を通しにかかっている土方さんを見て、私は思わず くすりと笑ってしまった。
「‥おい総司。今何か春華に要らぬ事吹き込まなかったか」
「いいえー? ただ、一着だけ私が選んだものがあるんですって言っただけですよー。ねぇ春華さん」
「えぇそうですそうです。‥ってどの着物ですか?」
これですコレ、と言って沖田さんは私が最初に手に取った着物を指差した。
薄い朱の布地に、可愛らしい色調の花が、川を流れているかのように咲いている。
「──素敵‥‥」
えへへ、と照れたように笑って、沖田さんはその着物を撫でた。
「わざわざ見立てて下さったんですか?」
「えぇ、まあ。この間貴女と町を散策していた時に、貴女に似合いそうだなと目に留まって」
本当に視野が広い。
買い物の合間にそんな所まで見ていたなんて。
「──じゃあ、今日の夕べはコレを着て下さいね」
「今日の‥夕べ?」
「えぇ。あれ?言ってませんでしたっけ? 今日は‥──」
沖田さんがその続きを言いかけて口を開いた時、廊下の向こうから大きな足音が近付いてくるのが聞こえた。
そして沖田さんの言葉に被さるように飛び込んできたのは、
「祭りだ!!」
「祭りだヨ!!」
嵐のような二人。
+