〔七〕世界で一番綺麗な言葉
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息も止まりそうなくらいに心臓が早鐘を打つ。やっと息を吸えるようになって、私は我に返って沖田さんの方を見た。
「──っ」
すると沖田さんは、顔を真っ赤にさせて、目を見開いていた。私の視線に気付くと、慌てたように顔を腕で隠した。
「えっと‥ 総司、さん?」
要望通り呼んだはずなのだけれど、何も言及がなくて不安になる。もう一度呼んでみれば、沖田さんはぶんぶんと頭を振った。
「ご、ごめんなさい‥!もういいです‥!!ありがとうございます‥」
充分ですから‥と言って沖田さんは顔を背けた。もしかして期待に沿えなくて何か失礼をしてしまっただろうかと不安になって、顔を覗き込もうとすれば、沖田さんの耳が真っ赤になっていることに気付いた。
──もしかして‥、照れている?
きょとんとしてしまって、少し間があって、それから思わず小さく笑ってしまった。するとその様子に気付いたのか、沖田さんは顔を隠していた腕を解いて、ゆっくり此方を向いた。
まだ頬がほんのり赤くなっている。
「自分からお願いしておいてすみません‥‥でも、心臓がもちそうにないので‥」
やっぱり名字で呼んでください、と言って、沖田さんは観念したように項垂れた。
その発言に私はまた少し頬が熱くなったのを感じつつ、思わず頬を弛ませた。
心の中で、こっそり名前を呼んでみる。その度に胸の中に芽生えていく温かな感情を、大切にしたいと思った。
声に出していないのに、心の中で呼んでみるだけなのに、胸の奥がくすぐったくなって、居ても立ってもいられなくなる。その不思議な感情を、噛み締めていたその時──
「‥‥?」
「? どうかしましたか、春華さん?」
気になってしまったことがある。
既にいくらか頬の赤みが薄れた沖田さんの顔を見ると、改めて思う。
「春華さん?」
そう、沖田さんは私のことを名前で呼ぶ。呼んでくれるのは嬉しいのだけど、それはいとも簡単に呼んでいるような気がする。
──私はあれだけ心臓をばくばくさせながら、なんとか呼んだのに
それが沖田さんにとってはなんてことのないことなのだとしたら、自分ばかりが意識してしまっていることになって──少し寂しい。
「春華さ‥‥、あっ!」
やっぱり他愛のない、なんてこともないことなのだろうかと探るようにじっと見つめていたら、沖田さんが突然焦ったような声を上げた。
「もしかして‥、私の方はお名前で呼んでいるのが馴れ馴れしかったですか?!」
「へっ?」
予想外の反応に驚いて、変なところから声が出る。
どうやら沖田さんは、私が名前で呼ばれることが気に食わないからじっと見つめていたのだと勘違いしてしまったようだ。
「そ、そんなことありません‥!」
思っても見なかった方向に捉えられてしまって、全身で否定する。寧ろ嬉しいのだけれど──
「‥本当ですか?」
「えぇ、勿論です」
問題なのはそこではないのです。とは言えず、私は苦笑するしかない。
“私の名前を呼ぶ時、全然意識しないんですか?”なんて言ったら、こちらが意識していることが丸分かりで、恥ずかしいことこの上ない。沖田さんが平気な素振りをしているのだから、私も気にしていないフリをしなければ。(なんて、意地っ張り)
自分を納得させるように言い聞かせていれば、沖田さんは大真面目な顔でこちらを見つめてきた。
「じゃあ‥‥これからもお名前で呼んでもいいですか?」
「も、勿論です」
良かった、と言って、嬉しそうに笑まれてしまっては、拒否なんてしようがない。私が観念していると、貴方は改めて噛み締めるように小さく私の名前を呼んだ。
その頬が赤く見えたのは、夕日が照らしていたからだろうか。熱くなった頬を隠すように両手で包んで擦りながら、私もそう見えていればいいなと思った。
初めて貴方の名を呼ぶには、
一絞りの勇気が必要で
初めて呼んだ貴方の名は、
世界で一番美しく響いた
口にする度
幸せな気持ちが溢れてきて
この感情を
今は大切にしたいと思った
そして
貴方がこの名を呼ぶ度
自分の名がかけがえのないもののように
感じるようになって
胸の中に生まれる温かな感情を
大切にしたいと思った
『世界で一番綺麗な言葉』-終