〔七〕世界で一番綺麗な言葉
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カルテに目を通し、情報を共有したら、その日の自分の役割に取りかかる。一人は怪我人、病人の元を訪れる回診に出掛け、一人は診察室に待機するか買い出しなど雑務をする。
二人で組んでようやく回るような仕事量だと思うのだけれど──新参者である私と、医療を学んでまだ日が浅い山崎君がこの役割を負うまで、この組織は一体どうやってきたのだろうかと思ってしまう。
「熱は下がりましたか?」
「‥あぁ、お陰さまでね」
私はこの隊に来てからまだ間もなく、そしてこの仕事を任せてもらってからもまだ数日。隊の人達の信頼を得るにはまだまだ時間がかかる。全体を把握するのにも、その上で個々に合った治療を施すのにも──まだまだ、足りない。
「それでは、今日は違う薬を出しますから、朝晩一包ずつ飲んでくださいね」
だから、今は一人一人と向き合って、真摯に仕事をしていくしかない。そうやって小さな信頼を積み重ねていって──この隊にとっての“本物の医者”になっていくしかない。
「──お大事に」
部屋を出て、襖を閉め、そっと息を吐く。我知らず吐息が洩れてしまったことで、初めて気付く──少し気が張っていたことに。
無駄に体に力が入ってしまっていると、疲労が溜まってしまうし血流も悪くなるし、結果として活動力が低下するから良くない。などと思い巡らせて、肩の力を抜いて、廊下の曲がり角を曲がる前に一人で“作り笑顔”をしてみた。すると
「わっ」
「おっと」
その作り笑顔のまま、前から来た人とぶつかってしまった。
慌てて謝ろうと顔を上げると、すぐに目に入ってきたのは積まれた本の山。それを抱えた人物は、崩れそうになったところを器用に整えながら、慌てた声で私より早く謝ってきた。
「すみません前方不注意で‥‥って、おや、春華さん」
「沖田さん!」
山の向こうから顔を出したのは沖田さんだった。もう一度改めて謝罪の言葉を口にされて、此方も慌てて謝った。
「──それにしても、随分積みましたね、これから読むんですか?」
思慮深そうな沖田さんだから、もしかしたらいつもこれくらい本を読んでいるのかもしれない、と思いつつ、読書する人でも一人で読むには多そうな量の本の山を見て、訊いてみた。
「いえいえ、私はあまり読書は好まないので」
「あれ、そうなんですか?」
「えぇ、これは差し入れです」
「差し入れ?」
“差し入れ”とは、誰に対してのだろうか、と思って問えば、沖田さんはにっこりと笑った。
「床から出られない人達の気晴らしにでもなればと思いまして」
「! そうだったんですか」
ついさっき回診してきた人達のことを思い返して、沖田さんの発想に感心する。
確かに、床に居なければいけない人にとって、気晴らしは大切だ。普段は外へ出ていって日々体を動かしている皆にとって、病床では気が翳りやすい。気が翳っていては治るものも治りにくくなってしまう。
「私はあまり本に詳しくないので、永倉さんと原田さんに借りてきました」
「へぇー‥‥?」
感心していると──ふと、気になった。永倉さんは読書家な雰囲気を感じるけれど、もう一人は。
「‥‥こう言ったら失礼だと思いますけど──原田さんも本を読まれるんですね」
その意外性に、どんな本を読むのだろうか、と好奇心が擽られて、山の上に積まれていた本を手に取り開いて見ようとすれば──鋭い声で名前を呼ばれた。
「春華さん、これは直感ですが──開かない方が良いかと」
「え?」
「私は確かめていませんが──開かない方が良いかと」
繰り返し制止されて、更にその沖田さんの目が本気だったから、私は恐る恐るそれを本の山に返した。すると沖田さんの顔にいつもの笑みが戻った。
──いったい、どんな本だったのだろうか
芽生えた好奇心を塞ぐような沖田さんの笑みに、──私はそれ以上詮索するのを止めた。
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