〔六〕春雨の向こうに見えたもの
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「うん、大したことない。大丈夫!」
傷口を洗って綺麗にして、再び患部を覗いた彼女は元気付けるように優しくそう告げた。
「あとは‥」
「これ使ったらどうです? さっきお店で買ったお薬」
そう言って手にしていた麻の袋の中身を示せば、彼女はやんわりと首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
「え?」
意味深に笑むと、春華さんは懐に手をやって、何か小さな貝殻の形をした入れ物を取り出した。
「秘伝の軟膏です」
「なるほど」
にっこりと笑った春華さんは、瞼を腫らした坊やの方に向き合って、手を握った。そして、口を開く。
「あのね、坊やには、坊やの傷を癒やす力があるんだよ」
「‥?」
坊やは彼女が言っている意味を解すことができず、首を傾げた。──かく言う私も分かっていない。
彼女はそれを知ってか知らずか──更に一層笑みを深くして、滑らかな手つきで軟膏を坊やの膝に塗った。
「誰しも、優しい力を持ってるってことだよ」
早く治りますように。そう言っておまじないをかける彼女の声が、妙に脳裏に焼き付いた。
坊やを見送ってから、私たちは屯所への帰路に着いた。坊やの手を引くために分けていた荷物を彼女が抱え直すのを見て、反射的にその手から荷物を取り上げる。一瞬キョトンとした彼女は、すぐに目を細めて、ありがとうございます、と笑って言った。
「──春華さん、さっきのって‥」
どういう意味だったんですか、と問おうとすると、彼女は、ああ、と頷いた。
「あの軟膏、ちょっとした消毒作用があるだけで、実は大した薬じゃないんです」
「へ?」
予期せぬ暴露に、歩みを止める。すると彼女もそれに倣って歩みを止めた。
彼女の意味深長な笑みを見つめ返す。
「人には、自分を癒やす力があるんですよ」
それは強い力なのだと、彼女は言った。薬なんてなくても、その力があれば傷は癒せるのだと。
「あの坊やにも、勿論沖田さんにもある」
誰しもが必ず持つ、癒やしの力。ねじ伏せる力でも、無骨な力でもない。
「それって、優しい力ですよね」
自分の足で立つ、確かな力。
だから、その力を失わない為にも、薬は多くは必要ない。
駄目だ、と。太刀打ちできなくなった時に、はじめて、“薬”は必要とされる。
「──その時やっと、医者は役に立てる‥」
そう、どこか寂しそうに言う彼女の笑顔が胸を射抜く。
自分に出来ることは、待つことだけ。それだけなのだと。悲しく笑う、この優しすぎる人。
傷付き、傷付けるだけだと思っていた私の毎日に、突如現れた。
──あぁ、そうか
「──だから、貴女がいてくれるんですね」
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