〔六〕春雨の向こうに見えたもの
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ねぇ、貴女は誰?
ふとした言葉に
燻る心が晴らされる
ふとした笑顔に
心が捕らえられる
ふとした瞬間に
貴女の事を考えている
ねぇ、こんな気持ちを私に抱かせる
貴女は誰ですか?
《春雨の向こうに見えたもの》
ふと目が覚めた。何か夢を見ていた気がするけれど、よく覚えていない。でも胸がやけにすっとしているから、きっと良い夢だったのだろう。
あまりにもすっきりと起きた為に微睡みそうもなかったから、私は体を起こして伸びをした。
朝の空気が肺を満たす。心地良いその感覚。
起きたばかりだけれど、清々しい空気に背筋がしゃんとして、もう着替えてしまおうと糊のきいた袴に手を伸ばす。
けれど、ふと考えて手が止まる。
「──‥今日非番だったんだ」
仕方無く着流し姿で部屋を出て、当て処無く歩く。
何をやろうか全く考えていなかったから、やる事探しの散歩だ。
道場の前に来ると、威勢の良い声が聞こえてくる。──そういえばこの前新人隊士が何人か入隊していた。平隊士の皆に稽古をつけるのもいいな、と思う反面、ちょっと今日は木刀を握りたくないという思いもあった。
とりあえず後者をとって、私は道場をぐるりと回ると次の場所へ向かう。
いつもみたいにまだ寝ているだろう土方さんにちょっかいを出しがてら起こしに行こうか。そう思いながら土方さんの部屋の前まで来て、ふと足を止める。──昨晩監察方が見えていた。だから、床についたのはきっと未明近く。それなら、せめて彼に新たな仕事が舞い込むまでは眠らせてあげよう。
すると、いよいよやることがなくなってきたことに気付いて、溜め息を吐いた。
──大人しく道場に戻ろうか‥
踵を返そうとしたその瞬間、不意に前方にあった部屋の襖が開いた。
「──じゃあ、頼むな」
「ま、かせといて‥!」
「‥大丈夫かいな」
出てきたその人物を認めて、胸がドクンと脈打つのを感じた。
『貴方の良い所は優しい所だけど──悪い所も優しい所です』
『無理に笑わないで下さい』
先日の事を思い出して、鼓動が速くなるのを感じる。慌てて、平常心を取り戻すように 私はゆっくりと胸を数回叩いた。
「あ、沖田さん」
ふと此方に気付いた彼女は、私の名を呼ぶと頬を綻ばせて柔らかい笑顔を向けてくれた。それを見て、私も自然と笑顔が零れる。
「おはようございます、春華さん。──お遣いですか?」
手元にある小さな紙切れを見てそう訊ねると、彼女は頷いた。
「はい。山崎君に頼まれたものを調達しに」
道がちょっと不安なんですけど‥、と口ごもった彼女は、バツが悪そうに山崎さんの方を見やった。それを見た山崎さんは呆れたように手を前後に振る。──可愛い子には旅をさせよ、という事だろう。
クスリと笑いを零す。
「ねぇ、山崎さん?」
「‥‥何でしょうか」
察しがいい山崎さんは私が言いたいことを先読みしたのか、少しだけ眉を顰めて聞き返した。
「‥今日だけ彼女を甘やかしてもいいですか?」
笑顔で訊ねれば、案の定、彼は「やっぱりか」とでも言うように面を伏せた。隣りでぱぁっと表情が明るくなる春華さんと余りに対照的で、思わず笑ってしまった。
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