〔五〕良い所、悪い所
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何が起こったのか。
私の頭は上手く機能しなくて、暫く体が動かなかった。
大きな音の余韻が収まって、そっと反射的に瞑っていた瞼を上げて外の世界を窺う。
すると私はさっき居た場所から一歩右の所に倒れていて、その上には沖田さんが私を庇うように覆い被さっていた。
沖田さんの肩越しに、さっきまでは頭上にあった筈の看板が 地面に横たわっているのを見て、やっと自分の身に起きた事態を理解した。
「──っ‥」
後から押し寄せてきた驚きで 上手く声が出なかった。
「びっ‥‥っっくりしましたね」
「‥お‥き‥たさん‥!」
「怪我、無いですか?」
「無いです‥!!」
そっか、と微笑んで、沖田さんは私の上から退き 体を起こした。
「ごめんなさい‥! 私がぼうっとしてたから‥」
「え?いえいえ全然大丈夫ですよ。二人とも無事だったんですし」
ほら 私も大丈夫!と言って、沖田さんは笑って右手をぶんぶん振った。
その笑顔を見て、チクリと胸が痛むのを感じた。
──貴方はこんな時でさえ、そんなにも優しいのですね。
そんなにも笑顔で居てくれるのですね。
──‥けれどね
「‥‥沖田さん」
けれど、これでも私は医者の端くれだから。
わかってしまうんです。
「──‥左手‥」
「え?」
「左手、見せて下さい」
「え゙」
「早く」
「‥‥」
はい‥、と渋々答えて、沖田さんは左腕を私の方におもむろに差し出した。
私はその腕をがっちりと掴まえると、袖を思い切り上までたくし上げた。
「‥打撲。」
「いやぁ、あははは」
「あははは、じゃないです!」
私はまだ笑う沖田さんに一括してから、看板が落ちたことで急いで店から出てきた店主に、氷水で浸した手拭いを持ってこさせた。
患部を診ると、かなり赤く腫れていた。
「流石はお医者さん。気付かれちゃいましたね」
そう言って沖田さんは笑うから、私は渡された手拭いを思い切り患部に当てた。
「痛っ!」
「ほらやっぱり痛いんじゃないですか!」
何でそんなに強がるの
何でそんなに無理するの
「‥‥」
「春華さん‥?」
ねぇ沖田さん
貴方は優しくて、強い人だけれど‥──
「‥沖田さんの良い所は‥、優しくて 強い所だけど‥」
でも
「悪い所も、優しくて強い所です‥っ」
強くて、優しくて、人の為に自身を犠牲にする人は、いつもいつも無理をする。
その“無理”が一番──私は辛い。
「無理に微笑わないで下さい」
「‥‥」
「嫌、ですからね」
そう、真っ直ぐに目を見据えて言えば、それを受けた沖田さんは一瞬困った顔をして、それから──笑った。でもそれは、強がりの笑顔ではなかった。
「──貴女にはかないそうにありませんね」
そう言って困ったように笑って、それから──ごめんなさい、と、眉根を下げた。
痛いです、ちょっとだけ。と、強がりな彼が少しだけ零してくれた本音。
なんとなく、胸の奥が仄かに温かくなるのを感じて──私はそっと布越しに彼の傷付いた左手に手を添えた。
良い所は、優しくて強い所
悪い所も、優しくて強い所
矛盾しているようだけど、それは紙一重
そんな貴方のことを
知りたいと思った
もっと知りたいと
強く思った
I'm interested in you, tender man!
(この気持ちにどんな名前を付けよう?)
『良い所、悪い所』-終