〔四〕意志の集う場所
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「山崎君」
土方さんが短く名を呼ぶと、いつの間にそこにいたのか、山崎君がすっと襖を開けた。
「はい」
「“着物”、まだ持っているか?」
「? ──あぁ、はい」
「すまない、出してやってくれ」
目の前で繰り広げられる会話の内容がいまいち捉えられず、私は首を傾げた。
──────
────
──
言われるがまま山崎君の後をついていくと、一つの部屋に辿り着いた。
彼の部屋だろうか。
「ここ、山崎君の部屋?」
「あぁ」
入れ、とばかりに襖を開けられ、私は少しだけ躊躇った。
「‥‥お父さん並びに天国のお母さんごめんなさい私は今日男の子の部屋に入ります」
「‥阿呆やろ」
さっき土方さんの部屋に入ってたのは何処のどいつだ、と指摘された。
殺風景。良く言えば、質素。
日本の家が質素なのは当たり前な話だけれど。何故か格別にそんな印象を受けた。
部屋に入ると山崎君は真っ直ぐに押入の方へ向かった。
「こっち来い」
彼が手招きするので素直に行くと、押入の中に桐箪笥が見えた。
引き出しを引くと姿を現したのは、実に綺麗な着物たち。
「‥‥山崎君にはこんな趣味が‥」
「ド阿呆」
私の頭を思い切り小突くと、山崎君は一枚一枚着物を畳の上に敷き始めた。
「仕事道具や」
「仕事?」
「あぁ。“元”な」
「?」
自嘲気味に笑む山崎君は、どこか少し寂しそうだった。
(私にこの表情の真意は汲めない)
「──もう俺は使わへんから、お前が着ろ」
私が暫く着物に見とれていると、山崎君は何かを思い付いたように突然立ち上がって、先程の桐箪笥を引き抜き、奥から違う桐箪笥を引っ張り出した。
「山崎君?」
「これも使え」
取り出したのは、目にも鮮やかな──それでいて溢れんばかりの気品が滲む、西陣織。
先ほどの着物とはどこか雰囲気が違う、女性の香のする一品だった。
「これ‥?」
“特別”なのだと感じられて、私が手に取るのを少し躊躇っていたら、山崎君は大事そうに着物に触れた。
「──姉上の遺品やけどな」
「えっ‥」
悲しげに、でも、どこか優しい笑みを浮かべる。愛しげに着物に触れる。そんな山崎君に向かってどんな言葉をかければいいのか、分からない。胸が、締め付けられる。
「──受け取れないよ‥」
漸く絞り出したのはそんな言葉。気の利いた言葉も出ない。
自分の無力さに腹が立った。
「仕舞い込んでてもしょうもないやろ」
「でも‥!‥駄目。そんな大切なもの‥」
俯くと、じわりと涙がこみ上げてくる。
大事な人を失った。その思いが詰まった着物を、大事に大事に仕舞っていた彼の心の内を測ると、言葉が胸につかえてしまう。
「春華」
諭すように呼ぶ山崎君の声に、私はゆっくり面を上げた。
重なる瞳に映る、優しい表情。
「大切だからこそ、表に出して手入れせな」
いつもは表情を隠す彼が、纏う空気を和らげる。
優しく、笑む。
──あぁ。そうか。
彼は、きっと強くなったんだ。
乗り越えてきたのだ、と──感じた。
乗り越えた彼の決めたことを、これ以上拒むことなんて私にはできなかった。
「──わかりました。有り難く、使わせていただきます」
そっと、笑う。すると、安堵したように山崎君は頷いた。
彼が大事に仕舞っていた着物に、そっと触れる。温もりが、感じられるような気がした。
「──ねぇ。よかったら、お姉さんのことを教えてくれないかな」
受け継ぐ、それが私にできる精一杯のことだと思うから。
すると、山崎君は少し驚いた表情を見せて、考える素振りを見せた。それから──いつもの表情に少し照れを見せながら 言葉少なに話してくれた。
優しくて大きな、素敵なお姉さんのことを。
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