第二話『dawn』
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私は誰
貴方は誰
此処は何処
全てが不安に変わって
うずくまってしまいそうになる私に
貴方は 言った
私は“私”
貴方は“貴方”
此処は“此処”
怖がることは何もないのだと
【第二話 dawn】
冷静になって考えてみよう。そう、冷静に、慎重に。順を追って。
「‥‥もう一度訊こう。お前の名は?」
今にも泣きそうなコイツの目と目が合う。待ってくれよ、泣きたいのはこっちの方だ。
「‥‥わかりません」
「‥‥はぁ‥」
もう溜め息しか出ない。俺達はとんでもない拾いモノをしてしまったんじゃないか。
そう思ってそろりと勝っちゃんの方を見やると、涙ぐんだゴツい顔がそこにはあった。‥何故涙目。
「勝っちゃ‥」
言いかけて、止める。勝ちゃんが思い切り首根っこを掴んで引き寄せてきたからだ。一寸の間息が詰まり、悪態の一つも吐いてやろうかと思ったが、これまた言いかけて止める。涙目のゴツい顔があと一寸の所にあったのだから仕方ない。
「‥何だよ勝っちゃん」
「歳、このコに冷たい態度を取るんじゃないぞ‥!」
「は?」
真剣な顔で言われ、思わずキョトンとしてしまった。
「厄介だとか言うなよ。詳しくは分からんが、きっとよっぽどのことがあって記憶を失っているんだ」
想像してみろ、と再び真剣な目で言われ、俺は瞼を瞬かせた。──そりゃあ俺だって色々考えたさ。
ボロボロの衣服、傷だらけの体。蒼白な顔色。女が身一つ──
考えられることは幾つかある。けれどどれも彼女にとって最悪なことだ。
ぐっと言葉を飲み込んで、俺は一度彼女のことをちらと見やってから、勝っちゃんの方を向いた。
「分かってる。けど、色々訊かなきゃならないだろ?」
「‥あぁ」
少し安心したような顔で頷くと、勝っちゃんはキリッとした表情で再び彼女の元へ寄った。
「多分色々混乱しているんだろう。少しずつ話を整理していこうか」
「‥はい」
思ったよりもしっかりとした返事に少しだけ感心した。震えてはいたが、涙声ではない。もしかしたら気丈な娘なのかもしれない。
「んーと、何から確認しようか。そうだな‥因みに、君がいつから彼処に居たのかはわからないが、今は皐月の拾壱日、巳の刻だ。で、ここは上石原村の近藤家。武蔵の国の西方にある」
「‥上石原‥?」
「そう。多摩郡にある小さな村だ」
そう説明すると、少女は目を数回瞬かせた。
「‥多摩、」
誰に言うでもなく口の中で復唱すると、次の瞬間少女は目を見開いた。
「私、多摩という地に聞き覚えが‥!」
「本当か!?」
それなら住まいもそう遠くないかもしれない。ようやく少しだけ少女の顔にも安堵の表情が見えて、そっと肩を撫で下ろした。‥って、何で俺がホッとしているんだ。
「あとはせめて名前だなぁ‥」
「‥‥」
おいおい、せっかく落ち着いてきたのに引き戻すようなこと言うなよ勝っちゃん。俺は再び静まり返った空気に耐えかねて、ガシガシと頭を掻いた。
「‥私‥‥」
言ったきり、少女は言葉を飲み込んだ。苦しげに眉を寄せて──必死に記憶を手繰り寄せようとしているのだろう──手が尽きたのか、首を振る。消え入るような小さな声で紡がれたのは、恐らく謝罪の言葉。
「‥‥自分の名前も分からない‥。私は‥誰なの‥」
今にも目の前で消え入ってしまいそうな少女はあまりにも痛ましい。
あまりにも痛ましくて、胸の奥がざわついた。
何だろう、これは。
ざわざわと俺の中の何かを刺激する。何かが、溢れだしてくる感覚。
「──‥お前は、お前だ」
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