第十三話『tears』
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『──女の涙ってのは、苦手なんだ』
言われた瞬間、頭をガンと殴られたような感覚だった。
今私は、土方さんに優しい言葉をもらおうとしていなかったか。あわよくば、泣かせてもらおうとしていなかったか。
そんな甘えにまみれた自分があまりに情けなくて、それにまた泣きそうになって、どうしようもなく小さな自分が嫌で、土方さんに顔向けができなかった。
ろくに言葉も発せず、辛うじて謝罪の言葉を口にして、私は土方さんの脇をすり抜けて道場を出てしまった。
どうしてこうも、弱いのだろう。
分かっていることはただ一つ──このままの私では、京都に一緒になど、ついていけない。行きたいなどと言える訳がない。
自分が悔しくて、憤ろしくて、恥ずかしくて、部屋に入るなり、座り込んだ。
足元に何かぶつかった気がして、そちらを見やれば──土方さんと作った私用の竹刀が床にあった。そっと拾い上げて、膝に置く。よく見ればいつの間にか傷だらけになって、柄が擦り減っている竹刀は、これまでの修行の日々を思い返させる。
それは確かに歩んできた日々。けれど、きっと、皆の夢には足りない。
胸が苦しくなって、ぎゅっと胸元を握ると──チャリ‥という音がした。──袂の中にあるのは、銀の首飾り。
これは、私の名を思い出すきっかけとなったもの。私が私であることの最初の証だった。だから、肌身離さず──離すことが怖くて、常に身に付けている。
今でも甦っていない私の記憶。私が私でいられるのは、この首飾りと──そう認めてくれる土方さん達の存在。
京について行けばいつか足手まといになるだろう──けれど、離れて此処で“私”は生きていけるのか。
右手に竹刀を、左手に首飾りを握りながら、皆の夢のことを想う──自分の身の振りを想う。
ふと、襖の向こうに人影が写った。それが誰かなんて、考えるまでもない。躊躇いがちに求められた入室の許可に、はい、とも、いいえ、とも答えられずにいると、彼はそっと襖を開けた。
「‥‥そこまで行ってもいいか?」
その問いに、反射的に“はい”と答えてしまいそうだった。けれど、
──今、傍に来られたら、甘えてしまう
首を横に振った。
土方さんは、困ったように、入り口の傍に腰を下ろした。
そして、告げられたのは先程の言葉の謝罪。それと──
「前に言ったよな。お前に会ってから、俺の中で何かが変わったと。」
私のことを気にかけてくれる優しい言葉。
──お前は、お前のままでいい
あの時もこうして慰めてくれた。その変わらぬ優しさと、自分の変わらぬ幼さ。こんな私を、更に甘やかしてくれる──いっそ一度、突き放してくれたらいいのに。
そんな馬鹿な発想までした私の胸中を、ある意味で抉るように告げられた言葉。
「‥俺は、お前に幸せになって欲しい」
あぁ、なんて残酷なまでに優しい。
土方さんの意思が、此処に留まることを望んでいるのか、共に来ることを望んでいるのかは分からない。いつだって土方さんは私の意思を尊重してくれる。
この人の優しさに応えたいと思った。応えなければと、思った。
それがたとえ、どんな結論になったとしても。
【第十三話 END】
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