第十三話『tears』
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あいつが帰って来たら、ちゃんと話をしよう。と決めていた。
そして帰って来た結希の顔をよく見てみたら──表情が固く、曇って見えた。
気になって見続けていたら、目が合って、それから結希はこちらに向かってくる。
その様子から、何か言いたいことがあることは分かったのだが、結希は口ごもってしまって、なかなか言葉を発せられないようだった。
会話をしていれば少しは気持ちが和らぐだろうかと思い、咄嗟にお夏の話題を振ったら、思いの外、効果があったらしく、結希は話している内に軽く笑んだ。
「──やんちゃしてたこととか‥女性関係のいざこざとか‥?」
だが如何せん話題の方向性が悪い。
結希が嬉々として話すのは過去の俺の“おイタ”話。こいつが元気を取り戻したのはいいが、今度は俺の状況が好ましくない。
「土方さんに泣かされたことがあるって言ってましたよ」
「あー‥」
あの時のことか、と思い当たる節がある。
お夏は直情的だ。真っ直ぐにぶつかっていく姿は好ましいものであったが──距離をおくようになったきっかけがあった。
『歳三さんの夢は“大きな門構え、二本差し、そして三つ指ついて自分を迎える妻”だって言ってたわよね。それが叶えば幸せだと』
『でも、仮に私がそれを叶える一助になって実現したとしても──歳三さんは幸せになれる?』
涙と共に言われて、ギクリとした。
それが夢だと言い続けて、それが幸せだと信じていた俺に、突き刺さるお夏の言葉。そして涙。
さぁな、と咄嗟に誤魔化した俺は、それからアイツの元へは行かなくなった。
それ以上考えることに蓋をした。
「──確かに泣かせたな‥」
女の涙には二つある、と思う。
時には嘘が含まれることがある、弱さをそのままさらけ出すような涙と──真実を貫く、心に訴えるような涙。
「──女の涙ってのは、苦手だ」
前者はただ面倒で、一蹴してしまえばいい。けれど、後者は──受け止めれば、俺の中の何かを変えられてしまう。
そうして起こる変化を恐れていた当時の自分が滑稽で、心の中で自嘲する。
──でも、コイツの涙は
それは明らかに後者で、そして──無視できない自分がいる。けれど、今まで苦手としてきたものとは違う“何か”がある。
そうして自分の頭の中で思考に耽っていると、結希が先ほどから黙っていることに漸く気づいた。そうしてふと見た結希の表情は、先ほど見たよりも更に曇っていて──どうしてだろうか、今にも泣きそうな顔をしていた。
どうした──と言葉にしようとした瞬間、結希はビクリと体を反応させて、“ごめんなさい”と言い残して弾かれるように道場を出ていった。
その場に残された俺は、何が何だか分からず、暫く立ち尽くしていた。
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──────
──
「その刀どうしたんだ?」
「ん? これか、近所の奴に“借りて”きた」
出世払いだ。と、軽く笑う。
勝っちゃんが指摘したのは、俺が今、念入りに手入れをしている、見慣れない刀。京に上るなら少しは良いものを提げていないと格好がつかない。そう言って、半ば強引に近所から借りてきたものだ。
それは思いの外、手に馴染んで、満足しながら撫でるように手入れをする。
「そういえば、さっき結希が泣きそうな顔で出ていったが‥ 浪士組について何か言ってたか」
「いや‥」
痛いところを突かれて、笑みが固まる。
そう、結局、アイツとはその話を切り出す前に会話が終わってしまった。
さっきまでの様子と話していた内容を簡単に勝っちゃんに伝えれば、勝っちゃんは心底呆れたような顔をした。
「‥あのな、お前、それを結希の前で言ったのか」
「? それ?」
「──結希、完全に誤解してると思うぞ」
「何をだよ」
勝っちゃんの言いたいことが解せず、若干苛つきを含めて問えば、勝ちゃんは溜め息を吐いた。
「あのな‥、上京に浮かれている俺達が言えることでもないが、結希は今ものすごく不安で、本当は泣きたいような状態だと思うぞ」
そう、帰って来た結希の表情は明らかに曇っていた。
「誰かに聞いて欲しくて、何か言って欲しくて、それでお前の所に来たんじゃないのか」
そうだ。何かを話そうとして、口ごもっていた。それが分かったから、気持ちを解そうと、先を促そうとこちらから会話をしていた。
ここまで、どうにも非があるように思えなくて、首を傾げてしまう。すると、勝っちゃんは最大級の溜め息を吐いた。
「それでお前、“女の涙は苦手だ”なんて言われたんじゃあ──泣くに泣けなくなってしまっただろうが」
言われたことが一瞬分からなくて、思考が停止する。
だって、俺が苦手だと言ったのは一般的な“女の涙”のことであって、あいつじゃない。──そう自分に言い聞かせるのに、心臓の奥の方から競り上がってくるような焦燥感。
「そういう意味じゃ‥!」
「じゃあ、どういう意味か‥結希に言ったのか?」
「それ‥は」
言っていない。少なくとも口には出していない。
頭の中で一人納得していただけだ。
言い返せるような言葉を探して、見付からず──見付かるはずもなく、口をつぐむ。
先ほどの泣きそうな瞳は、そういうことだったのか。今更になって、気付く。
──言わないと、伝わらない。
どれだけ親しくなろうと、それぞれが心を持っているからには、何から何まで以心伝心なんてことは、ない。解り合うために、言葉がある。
それは当然のことなのに、勝っちゃんに言われるまで気づけない。自分のちっぽけさに情けなくなる。
今までは、女が去ったらそこまで。追う努力をすることはなかった。それなのに、──気付けば、俺の足は動きだし、次の瞬間には道場から飛び出していた。
すれ違い様、勝っちゃんが“しっかりやれよ”と肩を叩いた。
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