第十三話『tears』
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目の前にあるお汁粉の器を匙で無意味にかき混ぜていると、行儀が悪い、と窘められてしまった。
「さっきからどうしたの」
そう艶っぽい溜め息と共に訊いてくるお姉さんは、お夏さん。前に土方さんと行商で訪れた時に、このお夏さんの巾着を盗った盗人を、私が運良く捕まえた。最初はそのお礼、ということがきっかけだったけれど、いつの間にかこうして一緒にお茶を飲むことが定例になっている。
あの時はお互いに変な嫉妬を抱えていて、出会った当初の印象はあまり良かったとは言えないのに──話してみると気安くて、これまでの記憶がない私にとって、初めて女友達ができたことが、何よりも嬉しかった。
「ずっとそうしてお汁粉を眺めてばかり‥‥何かあるんでしょう」
お夏さんは、察しが鋭い。そして感情が真っ直ぐに出てくるから、良くも悪くも単刀直入に話が進む。前は怯んでしまったこの性格も、分かり合ってみれば、心地好くすら感じる。
その変化を感じて思わず口元を弛めて薄く笑えば、お夏さんは『薄ら笑い、気持ち悪い』と言った。酷い。
「──ねぇ、幸せって何だろう?」
「え?」
「お夏さんにとって、幸せって何?」
ご所望の通り、単刀直入に言えば、お夏さんは目を丸くした。想定外の切り返しだったのだろう。唐突な質問だったという自覚はあるのだけれど、頭の中はもう思考がぐるぐる回ってしまって、整理がつかないから、そのまま言うしか仕方ない。
するとお夏さんは、少し考えた素振りを見せて、それから口を開いた。
「そりゃあ、女の幸せは素敵な旦那様を見つけて立派なお家に入ることでしょう」
成る程。
すぐに返ってきた簡潔な答えに、納得。ある面では、至極全うな答えだと思われた。けれど──
視線を自分の手のひらに落とす。竹刀を握り続けてマメだらけの私の手。綺麗に手入れされたお夏さんの手とはとても比較しようがない。
それでも──私はこの手が嫌いじゃない。
「‥‥あんた、まさか」
「‥‥」
じっと手を見詰めていた私の様子から私の考えをを察したのか、お夏さんが半分、身を乗り出した。
浪士募集の報は、お夏さんの耳にも入っている。
「‥‥分かっている? ついていくということが、どういうことか」
分かっている、つもり。これは皆の夢であって、私の夢じゃない。──そしてそれが、途徹もなく険しい道だということも。
「‥‥歳三さんは何て?」
「‥何も」
此処に残れ、とも。一緒に来るか、とも。──きっと、土方さん自身、私の扱いを決めかねているのだろう。
──近藤さんは私の好きな方にしていいと言ってくれた、けれど。
土方さんの言葉が、聞きたかった。
──それなら、一緒に来い、と、言って欲しいのか
その言葉を待っているのか。彼にそう言われたら、決めるのか。
──違う、そうじゃない
そんな生半可な決意じゃ、皆の迷惑にしかならないことは目に見えている。皆の隣を並んで歩けない。
こんな自身の進退を決めかねている中途半端な自分の存在が、素直に喜びに浸りたいであろう皆に、水を差すことだけは嫌だ。
「‥‥皆の夢の重荷にはなりたくないの‥」
それでも、このままお別れ、なんて。
どちらとも選ぶことができない自分が情けなく、悔しかった。
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