第十三話『tears』
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浪士募集の報せが試衛館に舞い込んでから、数日が経った。
何処から借りてきたのかあれやこれやと旅支度の品々を手入れして、皆、落ち着かずにそわそわしている。
斯く言う自分だって落ち着かず浮わついた心があるのも棚に上げて、俺はそれを横目に見て軽く笑った。
そして笑った後で、ふと、胸の奥でチリチリとする感情があることを感じる。
「‥‥なぁ、勝っちゃん」
「ん?」
こちらもやはりどこから借りてきたのか手に入れた鎖帷子を真面目な顔で手入れしている勝っちゃんに声をかける。勝っちゃんは鎖帷子から目を離さずに答えた。
「‥‥結希の姿が見えねぇんだが、何処に行ったか知ってるか」
朝からあいつの姿が見えない。どこか胸騒ぎを覚えて勝っちゃんに訊ねてみれば──勝っちゃんは何のことはなさそうに答えた。
「あぁ、お夏さんの所だよ」
「お夏?」
この地に来てから日が浅い結希の交友関係はそんなに広くない。──筈なのだが、自分がピンとこない人物の名前が出て来て少し驚く。
「ほら、前にお前と行商中に結希が盗人を捕まえたっていう、あの時の、巾着の持ち主さ」
「‥へ?」
予想だにしてなかった人物が出て来て、思わず間抜けな声が出てしまった。
──お夏って、あいつか‥!
若気の至りとはいえ一度は相手をしたことのある人物。すぐに思い付かない辺り、自分は本当に薄情者だと思う。予想外の所で反省をさせられてしまった。
「あの一件以来、しばしば茶に呼ばれるようだぞ。今日は──結希から誘ったようだが」
全く知らなかった。
自分の知らない内に事が進んでいたことに意表を突かれ過ぎてか、さっきの反省からか──これまで人よりは観察眼を持っていると自負していたのに、少し自分が情けなく感じてしまった。
一人で勝手に自省を繰り返していると、ふと、勝っちゃんの表情が翳るのが分かった。
「──不安なんだろうな‥」
「‥‥」
何が、なんて、聞くまでもない。
けれど、それに答える言葉も、俺には分からない。
すると、勝っちゃんが俺の目を見て口を開いた。
「あのな、俺は結希が京に一緒に行きたいと言えば反対する気はないんだ。──あいつの意思を尊重したい。だから、そう既に伝えてあるんだが‥‥まだ返答がない」
いつの間にそんな話をしていたのか、と、感心してしまう。自分がもやもやと考えている間に、勝っちゃんは行動に移していたことになる。──迅速に意思を伝え態度で示すことは、上に立つものとして重要なことだ。
「お前はどう思う?」
「え‥?」
不意に話を振られて、思わずまた間抜けな声が漏れる。
「あいつは、お前の意見も聞きたいんじゃないか」
返す言葉が見つからず、言葉を飲み込んだ。
自分がどう思っているのか‥──自分でも分かっていない。
事態だけがどんどん先に進んでいく。その中で、結希の顔を見る度に、どうすれば最善なのか考え、惑い、結果、何も言葉をかけられない。
「‥帰ってきたら、話すさ」
「そうか」
その時までに決めていられる確証なんてどこにもないのに──そう言うしかなかった。
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