第十二話『tick-tack』
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「あー‥改めて紹介するよ。此方は私と平助の同門の‥」
「坂本‥と申す。」
何故か畏まった様子で、よろしく、と言って“坂本さん”は頭を下げた。
「何故最初から名乗らなかったのです?」
「んー‥わしはとある国の脱藩浪人の身やき」
総司の質問に暈して答えているけれど、とある国、って、その訛りは明らかに土佐だろう、と思ったのは私だけじゃないはずだ。
そう思って辺りを見回せば、土方さんが何か考え込んでいるように見えた。
「勝先生の所では最近砲術ばかりじゃあ。刀の腕が鈍って仕方ないき、こうやって知り合いの所を頼って時々振らせてもらいゆう」
「ちょっと待ってくれ」
考え込んでいた土方さんが、組んでいた手を解いて、坂本さんの方へ一歩歩み出て、会話を止めた。
「勝先生、ってのは幕臣の勝海舟か? それとお前は土佐藩出身だろう。その上、北辰一刀流──ってことはお前、最近お尋ね者の“坂本龍馬”、だな?」
言い当てた土方さんに、坂本さんはただただ苦笑を返す。否定しないということは、そうだと肯定したことになる。
その一方で私は──思考が止まっていた。否、逆に物凄い速さで思考が巡っていたのかもしれない。
──“坂本龍馬”?
消えた筈の記憶の中に、その名前がポツリと浮かんでいる。知っている名なのか、聞いたことがある名なのか、分からない。
でも、確かに、私の記憶の中にその名がある。それをいつどこで得たのかは──分からないけれど。
「砲術か‥、勝海舟は戦艦を得てその活用法を模索していると聞く」
「あーまぁ、そうじゃの」
私が記憶を辿っている間にも、土方さんと坂本さんの会話は進んでいた。土方さんはとても興味津々といった感じだ。
坂本さんは答えにくそうにしていたけれど、訊かれること自体はどこか嬉しそうにしている。
「そうか、おんしは新しいことに関心があるがか」
「あぁ、いや、まぁ‥」
土方さんの照れ隠しの反応に、坂本さんはどこか満足そうに笑って頷いた。
「──きっとビッグウェーブはすぐそこまで来てるぜよ」
「びっぐ‥うぇーぶ?」
復唱する近藤さんに、応、と答え、坂本さんはニカっと笑った。
「大きな大きな変化の波じゃあ! きっとおまんらの元にも来ゆう!」
大きく腕をいっぱいに開いて、天を仰ぐ。この人の瞳には、いったい何が映っているのだろう。
じっと見つめていれば、天に向けていた視線を戻した坂本さんと目が合った。その真っ直ぐな瞳を見つめ返すと、心臓の奥の方が熱くなった気がした。
「乗り遅れられん」
その表情は、さっきまでのおちゃらけた表情ではなくて、言うなれば──侍の気配を纏っていた。
いつの間にか、気付けばその場にいた皆が坂本さんの話に聞き入っていた。
新しい大きな波。それは、私の元にも来るのだろうか。
そう考えていたその時、道場の入り口に、再び人影が現れた。
「おぉ此処にいたか!」
「近藤さん土方さん!大変だ!!」
原田さんの大きな影が現れたと思ったら、永倉さんの小さな影に押し退けられて消えていった。
珍しく、永倉さんが高揚したように声を張って駆け込んできた。そのいつもと違う様子に、驚いたのと──何故か少し不安な気持ちが、私の中で ない交ぜになってゆくのが分かった。
「あのな、落ち着いてよーく聞いてくれ近藤さん土方さん」
「はははっ、なんだなんだ、落ち着いてないのはそっちだぞ永倉」
「そうだな‥っ そうかもしれない」
永倉さんは相当気持ちが昂っているのか、あまりに荒い呼吸を鎮めるように胸に手を当てて、それから──目を輝かせて続けた。
「──浪士募集のお触れが出たんだ!!」
朝が来れば
東の空から太陽が昇り
やがて
西の空に沈むように
春夏秋冬、四季が巡るように
“いつも”はこれからも巡っていくのだと
錯覚していたのかもしれない
止まることの出来るものなど
この世に在りはしないのに
錯覚に溺れていた私を他所に
大きな波は、すぐ傍まで来ていた
【第十二話 END】