第十二話『tick-tack』
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「かーっ!試衛館は面白い人材がおるのー!」
「‥お誉めに預かり光栄です」
「流れるような身のこなし‥‥今までに見たことの無い剣技だった!」
男は何故か盛り上がっているが、結局、有効な一打は与えられず、一本も取れなかった。自分の未熟さに反省して、俯きながら面を外そうと手をかけたその時──
「おんし、名を教えてくれ」
男が唐突に言ってきた。
まだ怪しさが拭えていない相手に伝えて良いものか、少し迷って、それから、面の格子越しに相手の目を見据えた。
『如何なる時も目を見ろ。人の目は全てを物語る』
いつかの土方さんの教えを思い返す。
そうして見据えた瞳は──曇りなく澄んでいるように見えた。
私は、小さく息を吐いて、胸を張る。
「──結希と申します」
名乗る時は、胸を張って堂々と。
せめても心構えは侍らしく──と思って告げたのだけれど、男は想定外の反応を示した。
「そーかそーか、よし、覚えとくき! いやぁ、それにしても時折繰り出す豪気な剣とは打って変わって、体格と名ぁは随分女らしいの!」
「‥‥」
男の発言に、面を外していた手が一瞬止まる。他の二人の空気も一瞬止まったように感じる。
さてどうしたものか‥──少し考えて、もう仕様がないと断念し、黙って面を外して、睨むように男を見据えた。
「──女ですけど」
試合に勝てなかった上に勘違いされていたことに少しムカムカしたけれど、男の阿呆面に、ある意味面を食らわせてやったので良しとする。
男は目を見開いた表情のまま、静かに自分の頭をペシリと叩いた。
「‥‥はっはっは!これは一本取られた! そうかそうか、おんしは立派な女剣士じゃったか。これはまっこと失礼した」
男はそう言って深々と頭を下げた。
女の癖に、と侮られるのではないかとどこかで思っていたのだろうか、面を上げた男の満面の笑みを見て、肩の力が抜けるのを感じた。
その笑顔で敵意を抱かせない──本当にこの男、何者なのだろうか。
「‥‥時に貴方、人の名前を訊いておいて自分は名乗らないのは礼儀に適ってないのでは?」
そう微笑を添えて男に問えば、男はそれまでの満面の笑みを苦笑に変えた。
「あーそれはの‥」
きっと誤魔化す方法を探そうとしたのだろう、男は視線を泳がせるけれど、逃すまいと距離を詰めたところで──
「──だからさ、おれはあともういっぱいのみたかったのにさ、こんどうさんがおひらきとかいうから~」
「もう十分酔っておろうが、平助」
ガヤガヤと道場の外の方が賑やかになっていく。出掛けていた皆が帰ってきたようだ。
平助の口調からすると、挨拶に行ったどこかの家で振る舞い酒でももらってきたのだろうか。
これは介抱するのが面倒くさそうだなと苦笑したところで、その姿が道場の入り口に見えた。近藤さんに片腕を担がれた平助が、機嫌良さそうに赤らんだ頬を弛めている。後から呆れた顔をした土方さんが続いてきた。
「お~只今帰ったぞー!」
「ただいまー! なになに試合? 本当に総司も結希も好きだね~‥‥って、あれ?」
上機嫌に笑っていた平助が、私の姿を認めた後、山南さんと男とを交互に見て、首を捻る。そして、何か閃いたように表情を変えた。
「うわーっ 坂本さんじゃーん! ひさしぶりどうしたのー?」
そして平助が、男に向かって見知った仲のように話しかける。あまりに酔っているから、誰かと勘違いしているのかとも思ったけれど──男の笑顔がみるみる焦りを帯びていく。端にいた山南さんは、頭を抱えるようにして溜め息をついている。
「‥‥坂本、さん?」
「はは‥は‥」
私が試しに呼んでみると、男は無理矢理にといった風に笑い、それから──観念したように項垂れた。
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