第十二話『tick-tack』
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床板の冷たさ、木の匂い、仄かに明かりが差した室内、そして静寂に満ちた空気。
この空間が、やっぱり私は好きだ。
「‥それでは、双方よろしいですか」
静寂の中に山南さんの声が響く。一気に体に緊張が走る。それは悪いものではなく、身を引き締めるもの。
面の格子越しに相手の様子を窺う。男も面を付けているから、先程のへらへらとした笑顔は見えないけれど、どこか脱力したような雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
──いや、流されない、流されない‥
相手がどんな者であれ、気を引き締めなければ。そう自分に言い聞かせて、私は小さく頷いた。
「それでは、──はじめ!」
山南さんの号令で、竹刀を握る手に力を込める。前を見据えた所で──反射的に足が後退した。
──この男‥!
号令の瞬間、男が纏う空気が豹変したのだ。──本能が足を退かせた。
先程まで駄々漏れにしていた隙が、号令と同時に全て遮断された。一寸の隙も見当たらない。
──‥強い
安易に踏み込むことを許さない、その空気。ただ者ではないとは思っていたものの、こんな気配を放つとまでは思っていなかった。
未熟な私でも分かる、相当の手練れ。
迂闊に飛び込めば、一瞬でやられる。気付けば、竹刀を握る手にじわりと汗を掻いていた。
道場の端に座って見守っていた総司も、私と同様に息を飲んだのが分かった。
──‥‥突破口は‥
強い相手だということは分かった。それならば──どうすれば一本取れる?
荒くなりそうな息を堪えて、努めて細く長く吐く。
動けばきっとやられる。でも、動かなくても、相手は一切隙を見せることはないだろう。
──ならば
意を決して、少しだけ深く瞬きをした。その瞬間、──男が笑った気がした。
「たぁーっ──!?」
「──っ」
男は隙を見逃さない。躊躇いなく繰り出された一振りに、反射的に自分の竹刀を当てて往なし、一瞬にして詰められていた距離を再び戻す。
その速さと、受け流しはしたものの、十分に感じられたその一撃の重さに、額に汗を掻く。
──けれど、これでいい。
初動を凌ぐことができた。
強い相手には初動で倒される可能性が高い。だからまずは初動を凌げ、というのが土方さんの第一の教えだ。
「──‥はぁー、完全に取ったち思うたけんど──面白いねや」
男が呟いて、それから竹刀を握る手に力を込めた。先程までの全てを俯瞰しているかのような極めて冷静な様子から、──私に少し興味を持ったのか、心なしか前のめりの姿勢になった気がする。
──そっちがその気なら
どこまでできるか試してみよう。私は正眼に構えて、半身を引いた。──ここは天然理心流の道場。
改めて相手を見据える。いくら強いと言っても、いつも此所で総司や皆とやりあっているのだ──恐れることはない。
深く息を吸って、前を見据えて、有らん限りの覇気を込める。
男が再び、笑ったような気がした。
「はぁー‥っ!!」
次は私から攻めてやる。そうして全身全霊で一振りを下ろす私もまた──笑っていたかもしれない。
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